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これもOCD(強迫性障害)? ~数、縁起、身体へのとらわれ


OCD(強迫性障害)の症状には強迫観念と強迫行為があり、その現れ方は人によってさまざまです。代表的なものに「汚染/洗浄」「確認」「加害」などがありますが、それ以外にもたくさんあります(第38回コラム)。今回はあまり一般には知られていない、「数」「縁起」「厳密性」「身体へのとらわれ」などでOCDの症状が見られる場合についてご紹介します。スポーツ選手が勝敗を気にして「げんを担ぐ」ことや、サッカーのベッカム選手がOCDであると告白したことなどを例に、どのような場合がOCDなのか考えてみましょう。


目次
§1 数にまつわる強迫症状を抱えている人は少なくない
§2 宗教、縁起にまつわるOCDの症状
§3 正義や道徳に反することを警戒しすぎるOCDの症状
§4 揃えることと完璧主義~ベッカム選手の場合
§5 身体・フィット感のOCD
§6 まとめ


§1 数にまつわる強迫症状を抱えている人は少なくない

OCDの患者さんのなかには、強迫行為を行う回数を厳密に決めている人がいます。OCDの人ではなくても、お風呂で体を洗う手順など、おおよそ決まっていることはよくあります。しかし、OCDでは、腕を洗うにしても、手の甲を10回、ひじから下を10回、ひじから上を10回など、部分ごとに洗い方の順番やルールが細かく決められていて、回数も過剰であることが多くみられます。そして、そのルールを少しでも間違えてしまうと、不安になり、始めからやり直さなくてはいられない衝動にかられます。

強迫行為は、洗うことに限らず、戸締りの確認など、日常生活のさまざまな場面であり、これらは何回繰り返しても、どこかにミスが残っていそうで、どこで終わらせたらよいのか、お終いがわからなくなってしまうことがあります。そのような体験をしているうちに、何とか終わらせるきっかけとなるものを求めるようになります。そのきっかけは、気になる部分をくまなく見て点のようなわずかな粒が見つからなければ終わりだとか、頭に雑念がよぎらなかった瞬間などと、人によってさまざまです。先ほど紹介しましたお風呂の例では、終わらせるきっかけとして、10回で終わりにしようと回数を決めたことが、ルールになって、次第に数にとらわれるようになった人のケースです。

また、縁起のよい数字・悪い数字にとらわれる人もいます。よく、「4」は「死」を連想させる不吉な数字と考えられ、病院などでは4号室を作らないことがあります。しかし、強迫症状として「縁起の悪い数字」にとらわれた場合には、手を洗う回数や冷蔵庫の開け閉めの回数、料理で大根を切るときの数など、日常生活のあらゆる場面で、「4」になりそうになったら、回避するために1回増やすなど、過剰に調整するようになります。

また、数字や回数へのこだわりだけではなく、数える行為が過剰となる人もいます。こちらは日常生活で、目にしたものの数を数えたがります。例えば、道を歩きながら目に入る自動販売機をえんえんと数えてしまったり、階段を上がるときには、段数を数えてしまったりと、行為そのものに意味がないと頭では理解しているのに、数えることを止められなくて苦しんでいる人もいます。[1]


§2 宗教、縁起にまつわるOCDの症状

宗教に関連した強迫症状は、国や文化によって異なります。アメリカやイギリスなどのキリスト教文化圏では、キリスト教の神を冒涜してしまうような考えが頭をよぎっただけでも、罪悪感を抱き、かえってその考えにとらわれてしまうことがあります。また、宗教の戒律を厳密に考えすぎて、それに少しでも反する行為をすると、罰を受けるのではないかという不安や恐怖を伴う考えが頭から離れない(強迫思考)事例をよく目にします。このような強迫観念は、キリスト教徒に限らず、イスラム教徒やユダヤ教徒でも見られるそうです。[2]

一方、特定の信仰をもつ人が欧米に比べて少ない日本では、先ほどのケースとは異なります。日本での宗教に関するOCDの症状は、どちらかというと縁起が悪い、不吉なことを過剰に避けたがるケースが多いようです。また、日本に限ったものではありませんが、迷信のような考え・儀式による強迫症状も知られています。

ほかに、色彩に関することで、縁起のよい色(ラッキーカラー)と不吉な色を区別するという強迫行為が、世界的に知られています。例えば、日本では、白に対しては清く神聖なものを、赤に対しては神社やお地蔵様などを連想する人が多くいます。また、白黒の組み合わせは葬式を連想するなどと、色に対してさまざまな意味づけをしていることがあります。それらが大きな意味を持ちすぎて縁起につながることがあるのです。洗濯物を干すとき服の色によって干す場所を分けたり、ペットボトルのキャップを捨てるにも、それがラッキーカラーの場合、捨てられなくなるという人もなかにはいます。

ただし、縁起を気にしたり、げんを担いだりすることは、世間一般でよくあることです。例えば、野球の投手でマウンドに行くときにグラウンドの白線を踏まない、試合前に同じ音楽を聴く、バス移動のときはいつも同じ席に座るなどげんを担いでいるスポーツ選手は結構います。これらがすべてOCDというわけではありません。このような儀式をしなくても、試合に出られるようでしたらOCDの可能性は低いと思われます。[3]また、その儀式が、本業や日常生活にそれほど支障をきたしていなければ、OCDではないでしょう。

§3 正義や道徳に反することを警戒しすぎるOCDの症状

実際には良心的な人であるのに、「悪いことをしてしまったら」という想像にとらわれ、それを用心し恐れるあまり、細かいところまで気になるという強迫は、欧米ではすでに述べたように宗教に関連する場面で、よく見られ研究も進んでいます。ほかには、道徳を厳守する、責任感を過剰に抱くなどがあり、このような症状を抱えている人は日本でもいます。

例えば、次のような場面でこれらの症状はみられます。[4]
  • 万引きなどするような人ではないのに、万引きなどを恐れるあまり、いくら時間や手間がかかろうと、レシートを全部チェックしてちゃんと支払ったことを確認しないではいられない。
  • 相手に対して嘘を言ってはいないかと不安になり、自分が話した内容を何度も思い出して、安心しようとする。
  • 自分の出したゴミでだれかを傷つけたりしないよう、危険な欠片などがないか、リサイクルに影響を及ぼさないか、どんなに小さなゴミでもすべてにいたるまで厳密に分別する。
これらは加害強迫の人が、その症状の一部として抱えていることもあります。


§4 揃えることと完璧主義~ベッカム選手の場合

物を置く位置や種類が、揃っているかどうかが過剰に気になるOCD症状もあります。主に次の3点が気になるポイントになります。
  • 左右対称か
  • 直線(まっすぐ)か
  • 規則正しい順序か


イギリスを代表するサッカー選手であるデビッド・ベッカムは、2006年にテレビのインタビューで自らがOCDであることを告白しています。(OCDコラム 第26回)そのインタビュー[5]によると、彼は、すべてのものが、完璧に、まっすぐに並んでいたり、ペアに揃っていなくてはならないという強迫症状にとらわれていたそうです。


例えば、冷蔵庫のなかにある飲み物は、水が2本、コーラが2本というように、完璧にペアとして揃っていないといけないので、もし3本あったら、1本を除くそうです。また、「そのような強迫的な行為を止めたいと思ったことがあるか」というインタビュアーの質問に対して、ベッカム選手は「止めようとしたことはあったが、止められなかった」と語っています。

ベッカム選手が医師による診断や治療を受けたかどうかは、これらの記事を読んだだけではわかりません。彼の場合、元々、完璧主義気質があったのではという疑問もあります。

スポーツ選手や職人、技術者のなかには、元々、普通の人とは段違いに完璧さを求める気質をもち、それを生かして一流の技術を発揮できるようになる人がいます。このように完璧主義を有意義な活動で発揮できればいいのですが、そうではない日常の些細なことに対してもいちいちとらわれてしまうと、効率的に生活を送ることができなくなり、支障をきたしてしまうことがあります。

このような習慣が悪化し本人に精神的な苦痛があり、自分でも合理的な方法ではなく過剰であると自覚しているとOCDの可能性が考えられます。しかし、本人にそのような行為への違和感がなく、むしろ自分が行っていることは当然のことであると思える場合は、強迫性格、強迫性パーソナリティ(第94回コラム)の問題である場合もあります。


§5 身体・フィット感のOCD

身体に関連する強迫症状として、体の違和感や病気が過剰に気になって、とらわれてしまうことがあります。OCDでは、そのとらわれが、強迫観念と強迫行為という症状になって現れます。そして、生活は日常的に支障をきたすようになります。

例えば、次のようなことが挙げられます。
  • インフルエンザを恐れるあまり、帰宅後手洗い、消毒、うがいに膨大な時間をかける、外出や他人に会うことを過剰に警戒し、マスクなしでは外に出られなくなる。
  • 虫歯や歯が抜けることを過剰に心配し、歯磨きにとても時間がかかってしまう。
  • 病気が心配で、自分の顔色や血圧、脈拍などを何度も何度も確認してしまう。

内科や外科で検査して何も異常が見つからなくても、病気ではないかという心配が消えず、何度も医療機関を訪れることが、6か月以上続く場合は心気症と診断されることがあります。心気症は、OCDとの区別が難しい場合もありますが、OCDとして説明できるものは心気症と診断されないことになっています。[6]

感覚に関連したOCDの症状では、布や繊維が肌に触れる感触が気になってしかたがない、エアコンの音や近隣の家からの生活音など他の人は気にならない程度なのに自分だけが気になってしかたがないというものもあります。[4]


§6 まとめ

今回、紹介した物事や言葉を厳密にとらえる、物を揃える、感触へのこだわりなどの行為が、そのままOCDというわけではありません。その人の元々の気質が影響していたり、発達障害を抱えている人でもこのような言動は見られるので、しっかりとした区別が大切になります。

また、汚染/洗浄、確認のようによく見られる強迫症状ならば、本やインターネットで、自分と同じ症状に悩んでいる人が他にもいると知る機会は得やすいのですが、今回ご紹介した一部の人にしか見られない強迫症状ですと、「このようなことで悩んでいるのは自分だけではないだろうか」「本当にOCDなのだろうか」「治るのだろうか」と不安にかられることも多いのではないでしょうか。

今回ご紹介したような症状で悩んでいらっしゃる方は、OCDなのか、完璧主義なだけなのか、OCD以外の病気なのかを病院ではっきりさせるところから始めましょう。そして、OCDと診断された場合、周囲に同じような症状をもつ人がいなくても、適切な治療で改善した人はいますので、決してあきらめたり、不安になりすぎないでいただきたいと思います。

このほかにも強迫症状の現れ方として、あまり知られていないものはあります。次回は、強迫性緩慢(かんまん)、やり直しや繰り返しの方法が特殊な場合、何でも知りたがる、記録したがる場合などについて、紹介したいと思います。


*参考文献
[1] 原田誠一[編]『強迫性障害治療ハンドブック』金剛出版(2006年)Yale-Brown Obsessive-Compulsive Scale(Y-BOCS)症状評価リストp381-383
[2] リー・ベア[著]渡辺由佳里[訳]『妄想に取り憑かれる人々』日経BP社(2004年)
[3] Patrick B. Mcgrath,Ph.D.『The OCD Answer Book』Sourcebooks,Inc.(2007年)
[4]Bruce M.Hyman,Ph.D. Cherry Pedrick, RN[著]『The OCD Workbook second edition』 New Harbinger Publications,inc.(2005年)
[5]Maxine Frith, “Beckham reveals his battle with obsessive disorder”, The Independent, Monday 03 April 2006,
http://www.independent.co.uk/news/uk/this-britain/beckham-reveals-his-battle-with-obsessive-disorder-472573.html
[6] American Psychiatric Association[著]、高橋三郎、大野裕、染矢俊幸[訳]「DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引 新訂版」医学書院(2003年)