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OCD体験者座談会2011
第3回目 症状が改善し、自分の生活を取り戻す(最終回)


先月、先々月と3回にわたってお届けしてきたOCD体験者座談会の最終回です。これまで発症当時のこと、適切な治療を求めて模索する様子を語っていただきました。最終回の今回は、何度かの失敗を経験しながらもあきらめずに治療を受けた過程、その結果、自分の生活を取り戻しつつある3人の現在についてお話しいただきました。

注意>>>>>

  • 座談会でお話されていることは、それぞれの方の実体験に基づいたものです。
  • 時代や地域により、治療法など医療の状況が異なる場合もあります。
  • ここで紹介されている対処法は、それぞれの方で条件が異なりますので、どなたにでも応用できるものではないことをご了承ください。決して自己判断で対処法など行われませんようお願いいたします。

目次
§1 チャレンジ、挫折の行動療法
§2 行動療法への再チャレンジ わいこさんのケース
§3 カウンセリング キャロットさんのケース
§4 仕事、そして将来の夢


§1 チャレンジ、挫折の行動療法

有 園
38歳で再発したときは、どうでしたか?


バンド再結成を果たしました。
たくさんの人に支えられていることに感謝です
わいこ
このときは今までになく、大きく壊れて、にっちもさっちもいかなくなって、実家に連れ戻されたんです。いまも実家に住んでいるんですけど。

実家に戻ると、親から「おまえは戸締まりも火の元も一切見なくていいから」「とにかく楽になれ」と言われました。結果的にはそれが悪かったんですけど。

父の会社でデザインの仕事をするようになりましたが、実家に帰った安心感からか、どんどん症状がひどくなっていって。怖いことは避けて、すべて母にやってもらうようになって。タバコも怖くて吸えなくなって、家には一切、火が出るものがない状態にしていたんですが、それでも「燃えるものがあるんじゃないか」という観念が浮かんで怖くなってしまい、どんどん、母に頼らないと生きていけなくなっていきました。

そのうち、会社のトイレにキャッシュカードを置き忘れていたらどうしようと不安になり、1時間ぐらい確認するようになりました。でも、それでは仕事にならないから、会社の先輩に事情を話して、トイレに入るたびに落し物をしていないか、一緒に確認してもらうようにしました。最初はそれでよかったんですけど、確認の方法が複雑になっていって、先輩にもそのやり方を求めるようになったんです。それでもトイレに入るのが怖くなってしまって、そのうち会社にも行けなくなってしまいました。

そのころ、リー・ベアーという人が書いた『強迫性障害からの脱出』という本を読んで、行動療法のことを知り、「ああ、これしかない」と思いました。そこで、強迫性障害の治療に行動療法を取り入れている大学病院に行くことにしました。そこに入院して、行動療法をやることになったんです。

大学病院の先生は優しくていい方だったんですけど、行動療法の仕組みとかやり方とか、理論を説明した後、「あなた、たくさん症状があるけど、その中から出来そうなものを自分でチョイスして、確認なしでやるようにしてください」と、私に任せたかたちで言われ、病室に戻されたんですが、確認せずにはいられないから悩んでいるので、いきなり自分で課題を見つけてやれと言われても、結局出来ませんでした。

診察のときに、「やってみた?」と聞かれても、「何も出来ません。怖くて出来ませんでした」という状態が1カ月続いて焦りました。「確認しちゃ駄目だ! やめなきゃ!」と思うほどパニックみたいになって、逆に何度も確認するようになってしまいました。

あるとき、先生から「病院内のATMで、確認しないでお金を下ろしてくるように」と言われたんですけど、怖くて出来ませんでした。先生からも「駄目ですね」と言われてしまい、これまで入院していても効果が出ていないから、仕切り直しで退院しましょうか? と打診されて退院になりました。もう家族で途方に暮れてしまいました。

食事とトイレと入浴以外は、親に頼らないと何も出来なくなっていたので、母も精神的に参ってしまって、家族崩壊になりかけていました。

こんな状態で生きていても無意味だと思って、自殺を図ったこともあります。でも、親に見つけられて「おまえは自分のつらいことしか言わないけど、つらい子どもを見て、何も出来ない親がどれだけつらいか、おまえはわかっているのか!」と言われて、父から殴られました。「死ぬことも出来ないし、生きることも出来ないし、どうしたらいいんだろう」と思いました。



§2 行動療法への再チャレンジ わいこさんのケース

わいこ
そんなときに、ネットを検索して見つけたホームページに、いま通っているクリニックの先生が強迫性障害の治療について書いていたことを思い出したんです。そのクリニックは他県で遠いし、外出恐怖があるので一人では行けないし、あきらめていたんですけど、父に相談したら、「改善の可能性があるんだったら、あきらめずにやってみるべきだ」と言ってくれて、病院にも父が車で連れて行ってくれました。そこで、ちゃんとした行動療法をやることになりました。

有 園
実際、どんな行動療法を受けたのですか。

わいこ
心理士の先生からは「強迫性障害の人は、みんな、それぞれ怖い対象があるけど、実は対象そのものが怖いのではなく、怖いという考えが起こったことによって不安になってしまうんです。その不安や恐怖感に耐えられないということが問題なんですよ」と言われました。そして、「これから、バケツ1つも持てないあなたの弱い心を、たくさん水の入った重いバケツを何個も持てるように訓練していきます」と言われたんです。

先生はすごい数の私の症状全部に対して、行うべき課題を表にしてくれました。「出来ても出来なくてもいいから、出来る限りやってみて」という感じで課題を渡されました。課題の内容は、ただ単に「確認をしない」というものではなく、タバコによる火事が心配な私に対して、「タバコの吸い殻をタンスの引き出しの中に入れて閉める」とか、怖いと思っていた以上のことをやらせる、想像を超えるものでした。やるしかないと思ったんですけど、その時は10分の1ぐらいしか出来ませんでした。

そのクリニックでは、患者さんが7~8人集まって、3日間、朝から晩まで行動療法をやる「集団治療プログラム」というのがあるのですが、病院に通いだしてしばらく経った頃に、私も参加しました。そこで先生から「究極の、最悪のストーリーを設定してやります」って言われ、キャッシュカードを失くすことが怖い私には、“キャッシュカードとか悪用されたら困るものを駅前の家電量販店の店内のアチコチにばらまいて、ほったらかしにしたままその場をしばらく離れる”という課題が出されました。不特定多数の人がいる店内に大事なカード類を置きっぱなしのままにして、誰かに盗まれたらどうしよう? と、本当に怖くて、怖くて、泣きながらやりました。

不潔恐怖の人には、“便器の水に触れた後、手を洗わずに食事をする”という課題。集団治療プログラムだから、みんなでやるんです。

3日間が終了すると、大抵の人は「怖いものは怖いけど、まあいいやって思うようになりました」という感想でしたが、私は駄目で、宿泊先のホテルに帰ってから、何度も財布の中を確認して、ばらまいたキャッシュカードなどをちゃんと残さずに持って帰って来たのかどうか、夜中の3時まで確認しちゃったんです。

あるとき先生から、依存心が強いことを指摘されました。先生は、私の母に「手伝えば手伝うほど、娘さんはお母さんがいないと何も出来なくなっちゃうし、そうやって恐怖を避けることで、それは避けなきゃいけない怖いことだと脳が学習して、余計に出来なくなるから、娘さんが気絶しようが何しようが一切、手伝わないでください」と注意しました。私も、「人に頼らず自分の責任と判断において何事もやるようにしなさい」と言われました。とても苦痛でしたが、努力してみました。でも、やっぱり怖くなって、母に一緒に確認をしてもらうようお願いをしてしまったのですが、母は先生の言葉を守って手伝ってくれません。母が「うん」と言うまで、何度もしつこくすがって訴える私の様子を見ていた父も「頼っちゃダメだと言われてるだろう! お前がお母さんにしつこく頼むことが、どれだけお母さんの精神的負担になっているのかわからないのか!」と怒っちゃって、私を腕力でねじ伏せるようになり、母も「この子とは一緒に住みたくない! 私のほうがおかしくなる! もう家を出て行く!」と言うようになり、家の中が最悪な感じになってしまいました。

そんな状況を知った心理士の先生から、最低2週間、会社を休んで、食事とトイレと入浴以外は何もしないで、寝たきりになるよう言われました。その通りにしていたら、最初は楽だったんですが、だんだんいろんな観念がわいてきちゃって、例えば換気扇を見ただけで、「あれは本当に換気扇だろうか? 実は発火するものだったらどうしよう」と目に見えるものが全て確認と観念の対象になって、最悪の状況になりました。トイレに行くときもなるべく目を開けないようにしました。

2週間後にカウンセリングを受けたときに教えてもらったのですが、2週間の寝たきり生活は、私にどん底体験*1)をさせるためのものだったそうです。「あなたは最悪な状況、どん底に落ちました。あとは、はい上がるしかありません」と言われました。

そこで、もう1回、集団治療プログラムを受けることにしました。初日の自己紹介のとき、みんなの症状やそれに対する恐怖を、すごく客観的に聞いている自分がいて、そのとき直感的に、「私って出来なかったんじゃなくて、やらなかったんだ」って思ったんです。そしたら、行動療法に対しても「取りあえずやるぞ」という気持ちになりました。実際にやり始めると、怖くて、ガタガタ震えるんですけど、行動療法のプログラムから逃げずに、泣かずにやって、先生からも褒めてもらえました。

自宅に帰ってからも、クリニックで習った行動療法をやることになるんですが、最初の2カ月ぐらいは、怖くてたまらなかったんです。確認しないと不安がゾワゾワ胸にせり上がって来るんですけど、「ここで確認したら、また元の確認地獄に戻るんだ」「これは治るための苦しさなんだ」と考えて、わざと苦しいままにしておくようにしました。

行動療法は開始後、平均3カ月くらいで、改善の兆しが見えてくるそうなんですが、私の場合は4カ月かかりました。我慢して我慢して、気合いを入れてやらないと出来なかったことが、案外、普通に出来るようになり、以前は人に頼らないと出来なかったことにも挑戦するようになり、苦しいけれど、達成感みたいなものを感じるようになっていきました。そして、怖いと思ったら、逆にチャンスだ」と思って、どんどんチャレンジするように、前向きになったんですよ。4カ月目ぐらいで、8割ほど回復して、先生からも「カウンセリングに来ても来なくても、どちらでもよい」と言われるまで改善しました。いまだに1割ぐらいは何回か確認しちゃう部分があるので通院していますが。

有 園
本当に頑張りましたよね。そうやって再度、行動療法にチャレンジして、結果的にいいほうに出てよかったですよね。

わいこ
はい。



§3 カウンセリング キャロットさんのケース

有 園
じゃあ、キャロットさん。

社会にでるきっかけは自分の好きなことや遊びからでもいいと思います
キャロット
はい。強迫性障害の認知行動療法をしているカウンセラーさんを知って、最後の賭けみたいな感じでお願いすることにしました。

カウンセリングの内容は、認知行動療法に基づいて、自分の強迫になりやすいパターンを知って、認知・考え方と行動を修正していくというものです。カウンセラーさんに指導してもらい続けていました。先ほどから皆さんも言っていましたけど、本当、強迫の症状って、家族にもわかってもらえない。話を聞いてくれるお医者さんも少ないなかで、そのカウンセラーさんはじっくり話を聞いてくれたんですね、それで安心できた。私の場合、人間関係のトラブルが原因で、ストレスを人一倍強く感じやすい、そういう強迫に陥りやすいパターンが見えてきました。

先ほどわいこさんもおっしゃっていたけど、私も人に対する依存心がすごく強くて、人から批判をされると、すごく真に受けやすいんです。いつまでも引きずっちゃうとか、あと、自己評価がすごく低いとか、過剰な責任感があるとか、自分にとってはあんまり知りたくない部分もカウンセリングを受けることで見えてきました。でも、嫌な部分を知ることも症状の歯止めに必要なことだったんだと思います。それに並行して、対人関係の治療法の話とか、また、アダルトチルドレン*2)の傾向についても話してくれて、強迫以外での相談や私に参考になる本などもいろいろ紹介してくれました。

私は年金など難しい内容のものにとらわれていたので、どこからが病的かという判断に困りました。生活していくうえで、年金とか保険の手続きは必要なことだし、そのままにしておくこともできないので、アドバイスとして、次のことを言われました。
1つ目、まず自分に当てはまる質問・内容なのかということ
2つ目、要求水準が高くないか
3つ目、その質問はいつ必要なことなのか。過去のことか、現在か、将来か。
4つ目、回答は根拠が確かなものに従う
とくに、4つ目のアドバイスはほかの症状の方にも役に立つのではないかと思います。これらを基に聞きたい内容をまとめて、確認に費やした時間を記録しSUD*3)を測って、実際に役所へ行ったときの状況も記録してSUDに測りました。

実際に質問に行ったときは、不安とか不快な気持ちでいっぱいで、恐怖などの気持ちがピークに達して、メモしても相手の言葉が頭に入らないことも何回かありました。けれど、質問したい内容が出るたびに、先ほどのアドバイスを思い出して、行動していったんです。何回目かで、なんとか無事に手続きを終えたときは、少しですけど、自信がつきました。知識も少しはついたと思います。当時は年金とか保険とか税金という文字を見ただけで嫌な気持ちになって、「市役所の人は詳しくていいな」とうらやましく思っていたんですが、実際には、質問してもすぐに答えられない人もいましたし、本を出して説明する職員もいました。すべてを理解している人はいないというのがわかってきました。年金にしても保険にしても、基本的にはコンピューターが計算するので間違いはほとんどないということも冷静に考えればわかるのですが、私の場合、客観的事実として納得するまでに時間がかかります。実際に経験しないとわからないのです。

あと、これもお金にかかわることなんですけど、自動車保険の更新をするときも、先ほどのアドバイスを基に対応してみました。まず更新案内が来たときは、嫌でしかたなくて、1カ月も放っておいたんです。回避ですね。期日が迫るにつれて、SUDも上がりました。

それでも、約款(契約書などの条項)を読んで、質問事項をまとめて、電話で更新の手続きをしました。今年は40分かかっちゃったんですけど、契約更新できました。「車を運転できるのは幸せなことだ」「自動車保険に入らないと、万一、事故起こしたときに困る」「今までも毎年、更新できていたんだから、今年もきっとできる」「100%の行動はない。60%でも30%でも10%でもいいんだ」と言い聞かせて。さらに「もし駄目でも、あとで考えればいいんだ」と言い聞かせて、やってみたんです。保険の担当者さんも「やけに詳しく聞いてくるな」と思ったでしょうけど、実際お金を払うのは私だし、知らなかったことで困ることもあるのだから、「これでいいんだ」と言い聞かせながらやりました。

カウンセリングで、何回も言われたのは「症状に費やす時間を、メリット、デメリットとして書き出して考える」ということです。メリットとしては多少、年金等に詳しくなる。間違いに気づいて、実際に得したこともありました。デメリットとしては苦しい、すごく疲れる、健康を害する。思考回路がおかしくなる。揚げ句の果てには死にたくなっちゃう。確認行為をすればするほど、もっとしたくなる。悪循環で悪化していくし、時間だけがどんどん過ぎていき、今までできていたことができなくなる。このように明らかにデメリットのほうが多いことが、書き出してみるとわかるんです。だけど、「わかっちゃいるけどやめられない」というのが強迫の心理ですよね。そういう状態がしばらく続いていました。実際には「年金記録問題」なども起っているわけですから、追求することも大事だと思います。ただ、生活に支障がない程度に考えて行動することができればよいなと思っています。

有 園
生きていく以上、全く質問をしないわけにはいかないですよね。ある程度必要なことなんですが、キャロットさんの場合は、次から次へと質問が浮かんできちゃう。だから、質問を選ぶことが必要なわけで。彼女にとって、まずその選んで考えるときも苦しいし、それで、その後に実際、質問を行動に移すことも含めて、エクスポージャー*4)になっているんですよね。そして、そういう体験を重ねることによって、初めは頭でわかっていてもやめられないことが、だんだん昔のように、平気なことが増えていったってことだよね。



§4 仕事、そして将来の夢

有 園
では、キャロットさん、仕事のことについてお話しください。

キャロット
私、もう絶対働けないと思っていたんです。ひどいときは、1日中、布団から出られず「どうやったら死ねるんだろう」と、そんなことばかり考えていました。わいこさんが話されたように、自殺しようとしたこともあったんですけど、親に見つかって叱られました。死にたくても死ねない。そうなったら、生きていくしかないんだと思って。働くことが無理なら、自分の好きなこと、ドライブとか買い物とか遊びからでもいいと思って、スタートしました。

仕事については、3回目の症状が出てから半年後に、アルバイトを始めました。カウンセリングを始めたころには、ほかのアルバイトに変わりました。症状のことを考えると、いきなりフルタイムで働くとか事務処理など頭を使う仕事は無理だと思ったので、症状とか体の状態を考えながら、仕事を選びました。それから9カ月後に、別のアルバイトも増やして、現在は2カ所で、合わせると週3、4日、1日6時間働けるようになりました。

アルバイトは、リハビリと思ってやっています。症状をもちながら働くことは、本当に大変なことで、軌道に乗るまでにはすごく時間がかかるし、またいつ症状がひどくなるか、そういう不安を抱えながらやらなきゃいけないので、とても大変です。できることなら、ある程度の強迫性障害の知識がある専門家にサポートしてもらいながら、仕事を続けていくと心強いんじゃないかなって思います。

テ ツ
認知行動療法をやったことによって、完ぺき主義の考え方から、「多少、汚くてもいいや」「汚くても大丈夫」という考え方になれたことが、普段の生活で、ものすごく楽になりました。認知行動療法はほかの不安や恐怖に対しても応用ができるので、せっかく勉強したんだから、これからの生活にそれを生かしていきたいなと思います。

どうしても不潔恐怖の人っていうのは、きれいか汚いかという、白か黒かのどちらかしか選択しないんです。けれども、認知行動療法をやったことによって、「多少、汚くてもいいや」というグレーゾーンで生活できるようになったのは大きいと思います。

有 園
皆さんやったように行動療法って、まず行動を変えていくわけですよね。行動を変えると、だんだん考え方も変わってくる。行動を変えるという点では、普通の行動をさせるとは限らないんです。例えば、たんすの中にタバコの吸い殻を入れるなんて普通なら絶対やらないことですよね。でも、これらの行動は自分の強迫症状に向き合うことが目的なので、普段やらないことでも、あえてやってみる。それで治療効果があるんですね。

では、将来のこと、仕事のこととなどお話ください。

わいこ
もともと生活していた場所に戻って、彼氏と一緒に住んで、仕事をやりたいです。あと、バンドをやっていたんですけど、実家に戻ったときに無責任にやめちゃったんです。それなのに、みんな「治るまで何年でも待ってる」と言ってくれてます。すごくありがたいなと思って。だから、また上京して、バンドもやりたいと思います。

有 園
キャロットさんは?

キャロット
そうですね。私は……結婚していませんし、親も高齢になってきたので、親亡きあと自立できるか、とっても心配なんです。将来は誰にとっても不安なことですけど。そのためには経済的にも、精神的にも、もっと自立していないといけないんが、いまだできていないし、具体的な行動ができてないんです。できれば今度はずっと続けられる仕事に就いて、再び正社員になりたいと思っていますが、現実は厳しいです。でも、ここまで良くなることができたから、これからもあきらめずにやっていこうと思っています。

有 園
実際にアルバイトをしていて、これは大変だとか感じている部分はありますか?

キャロット
今は、症状が引っ込んでいます。相変わらず自動車保険の更新手続きが来たりすると嫌だなっていう思いもありますが、仕事は症状の歯止めになっていますね。私の場合、人間関係が悪化すると症状が出ちゃうから、その点は注意していかないと、と思います。

有 園
じゃあ、仕事に復帰してよかった点は?

キャロット
よかった点? そうですね。それは収入が増えたことと、人と接することが増えたということです。外に出るきっかけにもなるし。少しでも収入が得られると、やりたいこともできるようになるし、欲しいものも買えるし、気持ちが外に広がっていきますよね。症状に向きがちな気持ちが、矯正されるっていう感じです。

有 園
なるほど。じゃあ、テツさんは?

同じ症状に悩んでいる方へ、決してあきらめないでください。
テ ツ
そうですね。私の場合、仕事辞めてから6年も経っているんで、正直、仕事に就けた、社会復帰できたっていうことがうれしかったです。それと、仕事をしているほうが、強迫観念がわいてきても、仕事に集中することにより、症状がうすれていきますね。かえって毎朝、出かける準備をしているほうが疲れる。今は仕事が楽しいです。

今、役所の書庫で、パソコンにデータ入力をしているんですが、書庫のなかでも虫が出たり死んだ虫を見つけたりすることもあるんですけど、虫をちり紙や雑巾で払って、手を洗わずにそのまま仕事を続けられます。

将来の夢は、この症状がよくなって、仕事も安定して、好きな人と結婚がしたいです。
あと、同じ症状で苦しんでいる人がたくさんいると思うんですけども、物事について決して遅いっていうことはないので、あきらめないで、焦らないでやってほしいなって思います。行動を起こしたところが始まりだということを、知ってほしいと思います。勇気を出して行動を起こしてみることが大切だと思います。

有 園
うまくまとめていただいて(笑)。最後に一言ずつどうぞ。

わいこ
私は、治療を受けていく過程で、病気だけじゃなくて、精神的に弱いところがすごくあったと気づきました。それまで自立していると思っていたんです。経済的にも、精神的にも。だけど、実は親にも彼氏にも友達にも依存していて。

私も詮索癖っていうか、究極まで突き詰めて調べて、納得しないと気が済まないところがあって、やっぱりそれは自分の弱さだったと思うんですけど、グレーゾーンで留めておけなくて。不安だから、完ぺき主義になっていくと思うので、弱い部分がすごくあったなってことに気付きました。行動療法を通して、クリニックの先生たちに、「人に頼らず、自分の責任において行動するようにならないと、あなたは良くならない」って言われたときに、本当にそうだなと思って。病気を治すうんぬんの前に、私、自分の性格直さないと、病気が治ったとしても、将来何かがあったときに、自分で何も出来ない人になっちゃう。「ダサい生き方」になっちゃうと思ったんですよ。

親も高齢だし、弟は2人いるんですけど、頼れないじゃないですか。本当に独りぼっちになったときに、「私、生きられなくなっちゃう」って思ったんです。だから、「本当の意味で自立しなきゃ。自分の力で生きることをしなきゃいけない」って思っています。弱かった自分に気付いて、それに対して挑んでいくじゃないけど、それが私にとってはすごく大事な、病気を治療していく上でも大事なことだったです。

「出来ない」って言っても「やるしかない」と言われ、クリニックの先生の指導はとても厳しかったんですよ。でも、影で本当に私のことを見ていてくれました。

診察のときに、先生が自分のクレジットカードを出して、次の診察まで持っているようにと渡してきたんです。自分のカードでも怖いのに、他人のカードを預かるなんて無理と思って断ったんですけど、「大事なのは僕のカードじゃなくて、あなたが将来、どうなっていたいかですよ」って渡してくれたときに、テツさんじゃないんですけど、先生がここまでやってくださるのだから、私はこれに応えなきゃ、と思いました。それもあって、頑張れたっていうのがあります。

周りの人に支えてもらったっていうのが、すごく大きくて。だから、周りに感謝するようになったし、私も病院の先生が熱心で情熱的な治療をするような、アツい生きざまを送りたいって思ったんです。そういう生き方をしたいという風に、生きることに対して前向きになれたように思います。

有 園
じゃあ、キャロットさん、感想とまとめを。

キャロット
人それぞれ、強迫に陥りやすいメカニズムっていうか、そういうのがあると思うんです。私はカウンセリングでそのメカニズムを知って、自分の考え方の偏りに気づいて、完全ではなくても、自分なりに対処法を見つけられました。それによって、症状を少しずつコントロールできるようになってきたことがよかったと思います。自分が元気になると家族や周りの人も元気になる。それが嬉しかったです。

あと、白とか黒とかではなく、グレーのままの、さっきテツさんも言ったけど、その不快な感情に慣れるっていうのも、私たちには必要なことだなって思いました。

自分一人ではどうにもならなかったけど、カウンセラーの方、OCDお話会の友だち、家族と知人の支え……いろんな支えがあって、ここまで立ち直ることができました。本当に感謝です。

最後に、テレビとか新聞とかで、もっともっとOCDを広めてほしいです。こういうことで苦しんでいる人はたくさんいるはずだから。OCDって知らない人が多いんだけど、もっともっと世間一般に知ってほしいなって思った次第です。

わいこ
うん、それはすごく思う、私も。

有 園
本当に皆さん、それぞれに貴重な話で、みんなドラマがあって、奥が深いし、いいお話だったなと思います。みなさん本当に今日はどうもありがとうございました。

一 同
ありがとうございました。


●まとめ――――――有園正俊


今年の座談会は、参加者3名とも40歳前後で、病気を抱えて苦労してきた内容も、それぞれに深いものがありました。改善までの間に自傷行為を経験した人もいましたが、それくらいの気持ちになっても、なお、強迫症状は止まってくれません。強迫性障害は、周囲の人から、当事者の気持ちは理解されにくく、意思が弱いからだなどと誤解されることもある病気です。悪化すると意思で症状をコントロールするのは極めて難しく、それだけ怖い病気なのです。
ご参加くださった3人は、自分の症状を改善してくれる専門家に出会うまでに、何年も試行錯誤をしています。苦しいなかでもあきらめなかったところが、すばらしいと思いました。
読者の方々のなかには、自分の周囲にはそういう専門家がいないし、助けてくれる友人もいないと座談会の参加者をうらやむ人もいるかもしれません。私がこの病気に苦しんでいた約20年前は、SSRIという薬はまだなく、行動療法もほとんど知られていない時代で、病気に理解ある友人も身近におらず、改善への道を模索していました。今でもきびしい状況にいる人は少なくないのですが、かといって、治療法がまったくない病気ではありません。ですから、あきらめないでほしいと思うのです。苦しいでしょうが、あきらめないでほしい。
今回の座談会は、強迫性障害の当事者だけでなく、その人たちを取り巻く専門家を含め、多くの人に読んでいただき、当事者が適切な治療を探して戸惑う状況の改善につながってくれればと願います。

*注釈

*1
どん底体験――一般には、「底打ち体験」、「底つき体験」と呼ばれる。特定の人や行為(ギャンブル、買い物等)、アルコールなどへの依存(⇒第88回コラム)の強い患者が、その習慣を止めるには、どん底のような体験をしないと、症状の自覚や改善への動機につながらない場合がある。
*2
アダルトチルドレン――家庭内の暴力、虐待、親のアルコール依存などによって、子どもの精神面にマイナスの影響を与え、成人してもトラウマ(心的外傷)として残っている人。診断基準にあるような正式な名称ではない。
*3
SUD――主観的不安尺度(主観的不快尺度ともいう)のこと。最も自分が苦痛に感じるときを100点、まったく苦痛のないときを0点として、それに比べて今の苦痛は何点に感じるかを主観で表した点数。
*4
エクスポージャー――認知行動療法での曝露(療法)のこと。強迫症状のために、精神的な苦痛や不安をもたらす状況に直面しても、次第に慣れて行くことを体験すること。⇒OCDの治療法>OCDの認知行動療法