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OCD体験者座談会2011
第1回目 OCD症状との格闘(全3回)


昨年もOCDを体験された方々にお集まりいただいて、座談会を開催しました。OCDという同じ病気でありながら、その症状や改善への道のりは人それぞれ異なる部分があります。一方で、病気に向き合いながらの日常のつらさ、人になかなか伝わらない思いなど共通の悩みを抱えてもいます。
今回、お集まりいただいた3名は、悩み、苦しみながらも改善の道を歩んだ方々です。すべてが参考にはならないかもしれませんが、あなたの悩みをわずかでも軽くさせる情報があればと思います。

注意>>>>>

  • 座談会でお話されていることは、それぞれの方の実体験に基づいたものです。
  • 時代や地域により、治療法など医療の状況が異なる場合もあります。
  • ここで紹介されている対処法は、それぞれの方で条件が異なりますので、どなたにでも応用できるものではないことをご了承ください。決して自己判断で対処法など行われませんようお願いいたします。

目次
§1 それぞれの方の症状、発症のころ
§2 発症当時に感じていたプレッシャー、ストレス
§3 症状改善のために行ったこと


§1 それぞれの方の症状、発症のころ

昨年に引き続き座談会の司会を担当する精神保健福祉士の有園正俊さん。自身もOCD体験をもつ
有 園
本日は「小さなことが気になるあなたへ」が主催するOCD体験者座談会の第3回目ということで、3名の方にお集まりいただきました。年齢は皆さん40歳前後かな? 強迫性障害を経験されて、それぞれつらいこと、大変なこと、あったと思うんですけど。よろしくお願いしますね。じゃあ、まず簡単に自己紹介からお願いします。

わいこ
私は確認強迫と加害恐怖がありました。確認では、戸締まりとかガスの元栓、書類にミスがないか、あとはレジでちゃんとお金を払っているかどうか、忘れ物や落とし物をうっかりしてるんじゃないかっていうのがありまして、あと加害恐怖のほうは、自分の記憶に対してすごく不安になってしまって。自分が無意識になにかとんでもないことをしてるんじゃないか、自分では全然覚えてないのに無意識に人を殺してしまったんじゃないかと思ってしまって、怖くて一人で外にも出られなくなってしまいました。仕事は企業デザイナーとして働いています。

有 園
うん、ありがとうございます。じゃあ、次、キャロットさん。

キャロット
はい。キャロットと申します。発症したのは24歳です。その後、2回ほど症状が出ました。3回とも症状が原因で、会社を退職してしまいました。特に3回目のときがひどかったです。症状は確認と、これらも確認行為になると思うのですが、質問癖や物事、特にお金に関することを徹底的に追求せずにはいられないなどがあります。今はアルバイトをしています。

有 園
はい。じゃあ次、テツさん、どうぞ。

テ ツ
はい。テツです。私の症状は、不潔恐怖とそれに対しての確認です。特に汚いと思っているのがゴキブリで、それに似たような黒い虫も、やっぱり汚いと思ってしまって。夏場、黒い虫が路上とか歩いてたりするんですけど、それがゴキブリじゃないかっていう不安がわいてしまって、それがゴキブリなのか、確認しないと、そこから立ち去れない。黒い虫に対して、汚いっていう不安があります。今年……、5月の連休明けから市役所の緊急雇用創出により、市役所で働くことになりました。

有 園
ありがとうございます。じゃあ、発症した当時のことを教えてください。

わいこさん:趣味はバンドでベース担当、好きなバンドはラモーンズ。
最近、「プイ」という名の犬(シーズー犬、♂)を飼い始める
わいこ
私が最初に発症したのは20歳のときです。大学進学のため18歳で上京して1年間、親戚のおばさんのうちに下宿していたんですが、そのおばさんがすごく戸締まりとかガスの元栓とか、出かける前に何度も確認する人で。その頃は「なんでそんなに確認しなくちゃいけないんだろう」って不思議に思ってたぐらい。そして私は、おばさんから「確認をちゃんと何度もやるように」っていうことを強要されてたんです。

1年後、おばの家を出て、アパートでイトコと2人暮らしをしたんですけど、ある時出かけようとして玄関の鍵を閉めた時に、なんとなく「あれ、閉まってるっけ?」って、突然不安に思って。そう言えばおばさんが「最低でもガチャン、ガチャン、ガチャンと3回は閉まってるか確認しろ」って言っていたのを思い出して、この時にそれをやったのが始まりっていう感じです。そのときは3回確認して出かけられたんですけど、そのうち、どんどんと確認の回数が増えていってしまって。確認しても確認しても不確かで、やってないような気になってしまって、下手するとガスの元栓を1時間見たら、今度は窓を1時間見てみたいな感じで、もう出かけられなくなってしまって。

そのときはそれしか症状がなかったので、病院も行かなかったんですけど、もともと心理学とか精神分析の本を読むのがすごく好きで、当時は強迫性障害じゃなくて、強迫神経症っていう名前だったですけど、そういう病気があることは知ってたので、「私、これになっちゃったな」って自分で思ってたんですけども、医者に行くのに抵抗があったので、そのまま過ごしてました。

22歳の大学4年生のときに、本を買ってレジでお金を払って帰ろうとしたときに、いつも「ありがとうございました」と言う店員さんが、その時に限って言わなかったんです。そしたら、レシートをもらっていたにもかかわらず、「私、お金払ってなかったらどうしよう」って思っちゃって、払ったかどうか思い出せなくて。戻って聞けばよかったんですけど、恥ずかしくて出来なくて、そのまま帰っちゃったんです。でも家に帰っても怖くて怖くて、「私、泥棒になっちゃってたらどうしよう」って思って。それからはレジでお金を払うのがすごく怖くなってしまって。それをきっかけに崩れるようにいろんなことが怖くなってしまいました。

そのときに夢野久作の『ドグラ・マグラ』っていう小説を読んでいて、この小説の主人公が自分では覚えてないのに人を殺してるっていう内容だったんですね。それを読んだら、すごく怖くなっちゃって。自分の記憶ってものに対してすごく不確かな感じがあったんで、「私も知らない間に人を殺してたらどうしよう」って思って怖くなってしまって。美術関係の大学に通っていたのですが、ある日、部室で絵を描いていて、なにげに靴下の裏を見たら、赤いものがついてたんですよ。色の薄さから言って、絵の具がついたんだと思うんですけど、「自分が知らないうちに誰かの家に上がり込んで、その人を殺して、返り血みたいなのが足の裏に付いたんだったらどうしよう」って思ってしまって、もうそれから怖くて外に出られなくなって、学校も通えなくなったんです。

もう病院に行こうと思って、大学病院の精神科に行きました。やっぱりそこで強迫観念の神経症っていう風に言われて。抗うつ薬を出されたんですけど、薬を飲んでも怖くてたまらなくて。先生からは「人を殺してても、精神異常で犯罪を起こした場合は罪にならないから大丈夫だよ」って言われたんですけど、そういう問題じゃなくって。罪に問われるとかも怖かったけど、それ以上に「自分が人を殺していたらどうしよう」っていうのがすごく怖くて。

有 園
私もそうだったけど、症状が出始めたころって、今まで何気なくやってたことでも、なんか自信がなくなってきて「これでいいのかな」とかね、そういうのってどんどん広がっていきますよね。じゃあ、キャロットさん、発症のいきさつとか。

キャロットさん:好きな事は、一人気ままに、車で買い物に行ったり、美味しいコーヒーを飲みに行くこと
キャロット
24歳で発症したときは、事務の仕事をしていました。それまでは、なんとか仕事をこなしていました。そのころ、プライベートで人間関係に変化がありまして、多分、そのストレスも原因だと自分では思っているのですが、とても気持ちが不安定になっていました。そしたら、今までできていた仕事に不安を感じるようになったのです。「あの伝票はきちんとできていたのだろうか」「私はきちんと仕事を理解できていないのではないか」と。それから、過去の伝票を引っ張り出してチェックしたり、マニュアルも何回も見直したりという行動が日を追うごとに増えていきました。そして、同僚や上司にいちいち確認したり、しまいには同僚の家へ電話して仕事のことを聞いてしまったりと、確認行為がエスカレートしてしまいました。

不安を取ろうとして行動するのですが、かえって症状が悪化していきました。それが元で仕事ができなくなり、症状が出て3カ月後、会社の人とも関係が悪くなって、逃げるように辞めてしまいました。今、思えば、落ち込みや不眠症状もあったので、うつ状態にもなっていたと思います。

有 園
じゃあ、テツさん。

テツさん:趣味は野球観戦。とくにジャイアンツのファン
テ ツ
はい。私の発症は35歳。2004年の6月頃で、当時、郵便局に勤めていて、35歳のときに、ほかの郵便局に異動になったんです。今まで働いていた郵便局に比べてすごく規模の大きな局への異動だったので、業務内容も異なり、本当に仕事を一から覚えなおすような感じで、役職についたけれど、仕事はできない。本当は部下を指導する立場なのに、部下に「これ、どうやるの?」って聞くという状態で、異動から7カ月後にうつになってしまったんです。

それでも仕事は続けたんですけども、2005年の3月あたりから、朝、起きられなくなったり、仕事に行っても頭が痛くて早退したりとか。そういうのが目立つようになったんですね。前に勤務していた郵便局の局長がいろいろと心配してくれたので、相談に行ったんですね。そしたら「病気なんだから治療に専念しろ」って言われて、6月頃から休職に入ったんです。

仕事に行かなくなって、自宅に1日いるようになったら、なんだか知んないけども、家の中の汚いものが目に付くようになっちゃったんですね。それで、汚いなって思うものに触ったりすると、手を洗う時間が長くなったりして。夏になると、「ゴキブリが汚い」っていうふうに強く思うようになって。

ゴキブリが出ると、自分じゃ捕まえられないから、親を呼んで、捕まえて、捨ててもらうんですが、その後、必ずゴキブリが出た場所を水拭きしないと気が済まない。ゴキブリに触ったわけじゃないんだけれど、自分はもう汚れてしまったという感じになって、すぐにお風呂に入りました。出てきたら、洗ってある寝間着にまた着替える。とにかく、ゴキブリが出たところは近づかない、通らない。近くにあったものも捨ててしまう。

2006年の3月に復帰しようと思ったんです。けれど、ゴキブリを汚いと思う気持ちは強いし、手を洗う時間は長いし、お風呂でも1時間以上も洗っているし、本当にこれで仕事できるのか不安になったんで、当時の主治医に相談したんですね。そうしたら「ゴキブリが汚いと思うんだったら、北海道にでも転勤願いを出したらいい!」って言われたんで、その病院はもう行くのをやめました。

結局、職場復帰の日が来ても、不潔恐怖が強くて、職場復帰はできませんでした。そうしたら、局長から「なんで復帰できないんだ。君以外はみんな、汗水垂らして仕事して給料もらっているのに、おまえは休んで給料もらっているんだぞ」って言われて、ちょっとけんか腰に言い合いになって、その日のうちに辞表を出してしまいました。

辞めてしまったのはいいんですけど、不潔恐怖は治まらないし、これまでの主治医のところには行きたくないし、「じゃあ、おれはどこの病院に行ったらいいのかな」って。そんとき、私、強迫性障害っていう病名、知らなかったんで。

有 園
テツさんの場合、このような症状が出るまでは、ゴキブリに対してどうでしたか?

テ ツ
自分で捕まえていました。そんな不潔恐怖とかなくて。

有 園
テツさんの場合、ゴキブリは汚れたって感じ? それとも、怖いって感じ?

テ ツ
怖いじゃなくて、汚れたって感じですね。

有 園
なるほど。例えばヘビが怖い人みたいに、ゴキブリが怖いっていう人がいたとして、ゴキブリを単に避けているのだと恐怖症に近いんですよ。だけど、テツさんの場合、汚れたように感じて、それで手を洗ったりとか、お風呂に入ったりとか、強迫行為をしてるわけですよね。



§2 発症当時に感じていたプレッシャー、ストレス

有 園
皆さんは、発症したときに、プレッシャーとか、ストレスありましたか?

わいこ
ありましたね。20歳のときに一緒に住んでいたイトコが、なんかすごくイケイケな感じで、夜遊びとか男遊びとかがすごくて、私の化粧品とか洋服とかも勝手に使ったりとかして。そのイトコが戸締まりとかルーズで、あとアイロンとかもつけたままで出かけたりする人で、私がしっかりしなきゃって思っていました。「うちの子はあんまりちゃんとしてないから、あなたがちゃんとしてね」とイトコの母親からも言われて。なんかプレッシャー。私はもともとは、戸締まりなんて無意識にやっていて、気にもしてなかったんですけどね。

あと、就職活動の時期に、私は美術関係のことを学んでいてバンドとかも組んでいたんで、音楽とか美術の道に行きたいと思ってました。一方で、自分の実力不足を感じていて、どうしていいのか、すごく悩んでたんですよ。そんなときに、周りの友達は、普通の企業に就職が決まっていって、「なんで美術学んでるのに事務の仕事やるの?」って、すごい不思議で、「私はそれは出来ない」とか思っていました。だけど就職は決まらないし、すごい焦りっていうか。

有 園
じゃあ、キャロットさんは?

キャロット
そうですね。私の場合、1回目も3回目も同じような状況なんですけど、人間関係が悪くなってしまって……。3回目のときは職場の若い上司だったんですけど、その方にちょっと意見しちゃったんですよね。業務に関する提案をしたら、なんかすごい怒ってしまったんです。私からすれば怒鳴られたって感じてした。私、そういうことに、すごく敏感で、怖いと思っちゃうんですよね。激しく落ち込んで、傷ついて、立ち直れなくなっちゃうぐらい、なんか駄目になっちゃうんですよね。

そこの会社では受付をやっていたんですが、仕事のことで提案したら、「じゃ、勝手にやれば」みたいに言われたんです。提案の内容をちゃんと聞く前に「好きにしていい」って言われて。私、ちょっとびっくりしちゃったんです。私、期待してたんです。「よくやったね」とか「よく提案してくれたね」って褒められたかったし、認められたかったのに、突き放されちゃったっていうか。なんだか見放されたような気がして、すごいショックを受けちゃったんですね。「あなたの言うことは細かすぎる」とか、そんなようなことも言われましたし。

有 園
割とキャロットさんって、きっちりやりたいっていうか。いろんなことが決まっていたほうがいいタイプ? で、上司はどんな感じの人だった?

キャロット
そうです。私は規定どおりじゃないと嫌だ、みたいなところがあります。上司は大ざっぱというか、「うまく受付業務が回っていればよい」っていう感じの方だったから、「いちいちうるさい」と思ったみたいです。

有 園
うん。それで、そのときはどうなりました?

キャロット
そのときは「すみませんでした」って謝ったんです。でも、やっぱり1回目と同じで、今までできていた仕事が不安になってきちゃって、マニュアルを何回も見るようになっちゃったし、あと、周りの同僚にも確認するようになっていました。やっぱりそのときもうつ状態に近かったですね。会社に行く前に、朝4時に目が覚めちゃうし。胃痛もひどくなって、食欲も減っちゃって。体に変調が出ていました。だから、うつ状態と確認が同時に進行しちゃうっていう状態でした。

有 園
わいこさんは、うつのような経験は?

わいこ
そうですね。今まで3回壊れたんですけど、3回目のときに、しばらくして、うつ病とははっきり明言はされなかったんですけど、医者に「うつの症状も出てるね」って言われましたので、落ち込みを元気にするような薬とかを出されてました。

有 園
うつと強迫性障害って、両方を経験する人が多くて。ちゃんとうつ病って診断がつくほどではなくても、うつ状態(*1とか、割と出やすいよね。強迫症状に費やす時間って、効率的じゃなくて、ある程度、自分で無駄ってわかってるわけですよね。それなのにどんどん時間もエネルギーも使われる。だから、うつの症状が出てきちゃうんですよね。強迫性障害って、他人から、なかなかわかってもらえないことがあるじゃないですか。そんなことで経験談とかあるかな。

わいこ
ある。1回目のときは学生で、周りもみんな若いから、恥ずかしくて隠してたんですけど、どうしても学校に通えなくなって、親しい友達に「戸締まり、何回も見ちゃうんだよね」とか「怖くて、外、出られないから迎えに来てもらっていい?」とか話していたんですけど、やっぱりわかってはもらえなかったですね。「おかしいと思って、みんな避けてくから、内緒にしといたほうがいいよ」って友達にアドバイスされたんですよ。
2回目のときは32歳で、結婚していたんですけど、ダンナに全然理解してもらえなくって、まず「気持ち悪い」って言われたんです。

有 園
なにが気持ち悪いって言われたの?

わいこ
確認を何度もすることとか、外に出るのが怖いとかっていうのも理解不能で気持ち悪いと言われて。それで2カ月間、ダンナが帰って来なくなっちゃって、あまりにも帰って来ないから職場に電話したら、「仕事中、かけてこないで」と切られて。その2カ月後ぐらいに、「今から出張に行くんだけど、話があるから、ちょっと駅まで来いよ」と電話があって、なんか嫌な予感がしたんですけど、行ったら、その場で「頼むから離婚してくれ」と言って、そのままバーンって改札に入って出張に行っちゃったんですよ。私もあんまり甘えたりとか出来ない性格なので、「別れないで」とかって言えなくって、一応、泣きはしたんですけど、「わかった」って。それで離婚したっていう経緯がありましたね。

有 園
なるほど。それって結婚何年目ぐらいのとき?

わいこ
結婚5年目ですね。結婚した頃は症状は静まってました。それが、そのときに会社で商品担当のデザインチームの主任になったんです。そしたら今まで仲良く作業していた同僚が、部下になった途端に態度が変わっちゃって、「わいちゃんよりも私は才能あるのに、なんでわいちゃんが主任なの?」とかって言ってくるし。仕事の指示をしても気に食わないみたいで、だからといって仕事の相談しても拒絶されるし。なので参ってしまって精神的に不安定だったっていうのはありましたね。

そんなふうな毎日で、私、タバコを吸うんですけど、ある朝、出かけようとしてタンスを開けたときに、「私、火の点いたタバコを手に持っていて、もしかして無意識にタンスを閉めたときに、燃えたままのタバコを入れてたらどうしよう、火事になったらどうしよう」って、なんか急に思い付いちゃって、それからもう、何回もこう、タンスを開けたり閉めたりして確認して、しまいにはタンスを開けるのが怖くて出来なくなっちゃったり、それからまた戸締まりとかの確認もどんどんひどくなって、そのうちに「人を殺していたらどうしよう」っていうのも復活しちゃって。外に出られなくなっちゃったという感じになりました。



§3 症状改善のために行ったこと

有 園
つらいですね。この32歳になるまでは、ある程度、症状が治まっていたわけで、1回目の発症のときからこのときまで、どんなふうにして、症状が落ち着いていったのかな。

わいこ
大学のとき、22歳のときの5月に、大学病院の先生に森田療法(*2をやってる入院施設を紹介してもらって、そこで4カ月入院治療しました。実際、入院すると、戸締まりもしなくていいし、ガスも見なくていいし、あと、人を殺したかどうかも、みんな、顔合わせるからわかるじゃないですか。だから、確認しなくてよくて、元気だったんですよ、病院の中では。

森田療法なので作業療法をやらされるんですが、私もとにかくガムシャラに作業をやって、模範生みたいな感じでやってました。だけど4カ月たったときに、病院の先生に「じゃあ、1人でちょっと外に出かけてみてください」って言われたときに「ああ、無理です」って言って、怖くて。それからしばらくしたら、先生から「まずは週に1回でもいいから、病院から学校に通うように」って言われました。1人で学校に通って、ゼミに出て、また帰るみたいなのを2週間ぐらいかな、ちょっとの期間やったら、いきなり先生から「もう退院していいよ」って言われて、「私、何一つ治ってないのにいいのかな」って思ったんですけど、出されちゃったって感じだったんですよ。

有 園
出たらどうでした?

わいこ
出たら、やっぱ怖くて。そのとき、一緒に暮らしていた弟に確認してもらったりしてました。その時に付き合ってた彼氏は理解があって、「頼むから、買い物のとき、自分でお金払ってみてよ。やらなきゃ出来ないから。ついてってあげるから」って言ってくれて、コンビニとかの買いものに付き合ってくれました。お金払うと、「ほら、出来たじゃん」みたいに言ってくれて。そのときはそういう知識はなかったんですけど、今から思えば行動療法的なことをやってたんですね。ちょっとずつ怖々とやってるうちに平気になっていったって感じでしたね。調子もよくなっていって、戸締まりとかは相変わらずだけど、「人を殺したらどうしよう」っていうのも全く消えていました。

有 園
入院したのは1989年くらいだよね。その頃の治療法っていうと、森田療法しかなかったですよね。

わいこ
そうですね。なかったですね。森田療法が主流でしたよね。

有 園
その彼氏は、手伝うところは手伝うけど、あなたに勇気出してもらうところはちゃんと勇気出してやってもらうようにしているし、すごいね。

わいこ
そうですね。「やらないと出来るようになんないよ。いつまでたっても出来ないよ」って言われたんですよね。

有 園
そうですよね。キャロットさんは、森田療法で経験したこととかは。

キャロット
森田療法をしたのは、1回目の発症のときですね。24歳のときに会社を辞めちゃって。

有 園
24歳ってことは、今から20年ぐらい前?

キャロット
会社を辞めて10カ月間、家にいたんです。失業保険をもらっていました。そのとき、うつ状態だったから、死にたいとかそういう気持ちもあったんですけど、病院には行かなかったですね。まさか自分が精神病とか思わなかったし、親とかも「病院に行きなさい」とか言わなかったので。たまたま本屋で、森田療法関係の本、『心配性を治す本』というのに出合って、それを読んだら、ぴたりと自分に当てはまっていたので、その本を見て、自助グループに入会しました。同じ時期に、事務の仕事に転職しました。その自助グループでは学習会を受けまして、森田療法でいう「症状はあってもあるがまま」とか、そういうスタイルでやってったら、そのときはそれでなんとか、治ったといいますか、実際は治ってないんだけど、とりあえず改善できて、それをずっとやってたんです。

⇒次回「受診から適切な治療に出合うまで」に続く

*引用・参考
*1 うつ状態――
うつ状態、うつ病の症状には、抑うつ、意欲がわかない、集中できない、悲観的に物事を考えるといった精神的なものと、食欲が不振、睡眠がうまく取れない、非常に疲れやすいなどといった身体的なものとがある。うつ病は、これらの症状がほぼ毎日、2週間以上続く場合である。しかし、このような状態は、ストレスによって一過性のこともあれば、うつ病以外の精神や身体の病気、ケガを抱えていても起こることがある。そのようなうつ病よりも広い範囲で、抑うつの症状を抱えた状態をうつ状態と言う。(⇒第47回コラム
*2 森田療法――
大正時代に日本の精神科医である森田正馬が開発した精神療法。神経症(現在の社交不安障害、強迫性障害、パニック障害など)の治療に、長年用いられてきた。