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OCDコラム

OCD体験者座談会2010
第3回 治したい気持ちの原動力は

前回のコラムでご紹介したように、座談会に出席してくださった3人の方は、認知行動療法、なかでも曝露反応妨害によって、症状が大きく改善しました。
強迫観念にとらわれているなかで、曝露反応妨害に取り組むのは、大きな勇気がいります。それでも、皆さんはチャレンジしました。
その原動力になったものは、何だったのでしょうか?
そして、症状が改善された後に、見えてくるものとは?


司     会●有園正俊さん (49歳・男性・東京都 OCDお話会主宰、精神保健福祉士)
OCDコラム第23回に登場
参 加 者ふみさん  (30歳・男性・茨城県)
チョコさん (31歳・女性・埼玉県 東京OCDの会世話人)
よりりさん (48歳・女性・東京都)


!注意
お話のなかに出てくる出来事は、それぞれの方の実体験に基づいたものです。
医療の現状につきましては、時代や地域の違いにより、状況が異なる場合があります。
症状への対処法については、それぞれの方で条件が違いますので、誰にでも応用ができるものではありませんし、決して自己流の判断を推奨するものでもありません。その点にご留意の上、
お読みください。


■よりりさんの挑戦

有園正俊氏:自身もOCDを体験し、克服してきた 有園正俊氏:自身もOCDを体験し、克服してきた

   有園  よりりさんはその後、どんなふうによくなっていったのですか。



よりり  2003年に今の先生に変わって、治療が始まり、2004年に、私は「もう昔の自分には戻れない」と言ったようなんです。症状がひどかった04年の春ごろから07年の夏ぐらいまでは、ほとんど家から出られませんでした。自分にとって、風すらも汚いものになってしまったんです。外に出て、風が吹くと、地面から舞い上がったホコリをかぶりますね。もしかしたら、つばや痰を通ってきた風が、自分にかかってしまったんじゃないかと思うんです。そういう汚染恐怖で、外に出られなくなってしまいました。

その3年間、外に出なければ、恐怖を感じることはないだろうと思っていたんです。自分が家にいて、動かなければ、恐怖対象は来ないだろうと。ところが、そう思っていたら、その3年間に、親族と友人が続けて4人、病気や突然の事故で亡くなったんです。おまけに、マンションの両隣の家がボヤを出して、消防車や救急車が来る騒ぎが起きました。家に引きこもっていたのに、悪いことが起きてしまいました。

ですから、家の中にいても、外にいても、悪いことが起こるときは起こると、自分で認識できたんですね。だったら、外に出て行ってみようと思いました。そして、2007年の夏に、治すと決心しました。有園さんのOCDお話会(注1)に行ったのは、その頃ですね。

   有園  2008年3月ですから、その後ですね。



よりり  大きく治ったきっかけは、家族が出ていってしまったことです。夫と娘が、私の強迫行為の巻き込みに対して、もう耐えきれないというのです。3年間で、できることはいろいろやってきた、初めはわからなかったけれど、いろいろ調べて、OCDとはこういう病気だと、だんだん理解した、と。けれども、我慢の限界を超えてしまって、娘と夫が家を出てしまいました。

家を出て行くときに夫に言われたのが、「家族より病気のほうが大事なのか」という言葉です。夫は涙を流しながら、「あなたは家族より病気を取るのか。治せる病気なのに、自分と娘を捨てて、病気をとるのか。治す努力をしてくれるのだったら、いくらでも待つから」と言いました。



チョコ  ほう(感心する)。



よりりさん:部屋の模様替え、家具やインテリア雑貨にいま興味をもっているそうです
よりりさん:部屋の模様替え、家具やインテリア雑貨にいま興味をもっているそうです

よりり  「治すにはどうしたらいいかも一緒に考えるし、協力もする。病気と家族とどっちが大事なのか、一人になって考えてほしい。でも、今のままでは、俺たちはもう一緒には暮らせない」と、二者択一を迫られました。結局、夫と娘は2週間、家から出て行きました。その2週間の間、私はとことん追い詰められ、治すんだという気持ちになりました。何が一番大事なのかと。それが一番の原動力でしたね。大事なものは家族。病気よりも家族の笑顔です。そこで本当に腹をくくりまして、自分でいろいろやり始めました。

認知行動療法については、有園さんのサイト(注2)で勉強しました。クリニックの先生は行動療法のわからないところを教えてくれたり、自分がこういう強迫症状を発症した原因や、昔のストレスがそのままになっていたのを、やわらげていってくれたというか、過去に傷ついた心をケアしてくれました。過去に受けた心理的ストレスが、そのまま何年もたっていたものを、そこまで戻ってケアしてくれました。先生は、私からの「こういうことはどうなのでしょうか」という疑問に、全部答えてくれました。本当にディスカッションして、喧嘩したり、言い合ったり、時には泣きながら、長い時は50分です。普通でも30分くらいでした。

チョコ  保険診療でそこまでやってくれるなんて、すごいですね。



よりり  その先生も、初めはあまり私を信用していなかったみたいです。夫も一緒に行って、夫とも話してくれました。また、娘も一人で先生のところに行ってくれました。家族が一体になってやっているから、先生も真剣にやってくれたのではないかと思います。そうやって、先生といろいろな話をしているうちに、だんだんよくなっていきました。

自分なりの努力を始めたのは、家族が出て行った2007年の夏からです。不潔恐怖に対する曝露反応妨害法を、夫と娘が家に戻った次の日からやりました。簡単に言うと、見ない、聞かない、気にしない。見ないようにする。聞かないようにする。確認しないようにする。つまり、夫と娘が普通だと思う不潔の基準に合わせることにしました。



   有園  具体的に、どんなことをしましたか。



よりり  たくさんありますが、たとえば、娘と夫が家に帰ってくると、まず始めに「お風呂に入って」と言って入らせ、パジャマに着替えてもらっていました。でも、それをやめました。外から家に入ってきたものは全部、除菌ティッシュで拭いていたんですけど、それも一切やめました。それから、夫と娘が帰ってきて、お風呂に入らないでどこへ行こうが、何も言わないようにしました。

でも、いくつか、できないこともありました。それは、靴を地面に置かないでほしい。はだしで靴を履かないでほしい。郵便物には、まだ触れない。窓を開けて、洗濯物が外に干せない。これ以外で、私が2人を巻き込んでいたことはやめました。



   有園  じゃがいもなど、土がついているものが平気になったのはいつごろでしたか。



よりり  2009年の5月に、ビルの床を素手で触ることができました。それ以降は、どんどんチャレンジしていきました。OCDお話会に入った頃は、まだ曝露反応妨害をやり始めたばかりでした。それから間があいて、09年10月ごろから、毎回のように参加していましたね。



   有園  電車に一人で乗れるようになったからでしょうか。それまでは、ご主人に車で送ってきてもらっていましたね。



よりり  そうなんです。家の中の汚いと思っていたものに対して、いきなり次の日から曝露反応妨害をやったので、まず、それを改善できるまで、07年から09年ぐらいまでかかりました。そして、09年5月から今日まで、だんだん外のものに向けてやりだしたんです。振り返ってみたら、無我夢中でやってきたとしか言えないですね。



   有園  いろんなものがだんだんはずれていったような感じでしょうか。お話会で予約をもらうときに、「(病気になってから)初めて電車に乗ります」と言う方もいらっしゃいますが、会に来ること自体がエクスポージャー(注3)になっているわけですね。



よりり  そうですね。私は、宣言してからやります。決意なんですね。よく有園さんの掲示板にも投稿していますけど、私はまず掲示板に書いて、それからやります。そして、それができると、自信につながるんです。あきらめないために、掲示板に書いたりもします。口に出したことは、有言実行する。言葉として口に出したらやるという心構えでやってきました。




■仲間との支え合い

チョコ  皆さんからの反応はありましたか。「こういうことをやった」と書くと、皆さんから「よくやったね」という感想が来たり。



   有園  うちの会の掲示板に書き込んでくれる人は、そこまで行っていない人が多いので、よりりさんは、わりと皆さんをリードしてくれている存在なんですよ。このサイトの読者にも多いと思いますが、地方にいる方などは孤立しているわけですね。そういう情報は、ほかにはないので。



よりり  お話会では、こうやったよ、ということを話します。自分のことだったら話せるし、掲示板にも書けるんです。チョコさんもすごいですね。名古屋OCDの会の掲示板を、よく見ています。



チョコ  前はよく書いていました。



   有園  掲示板は、自分では書き込まず読むだけの人もいるので、お2人にも、読むだけのファンの方がけっこういるはずです。



よりり  私も、チョコさんぐらい言いたいんですけど、言えないんですよ。曝露反応妨害法をやったことがある人ばかりではないですし。それから、他の人の書き込みを読んで、私もやろうと思うこともあります。



  ふみ  自分でやる気を起こす人もいるんですね。



   有園  私が個人的にかかわっている人で、ある地方に住んでいる人がいて、近所に行動療法を受けられるところなどないので、電話とメールと郵便でやりとりしています。そういう人にとっては、掲示板の体験談は、励みになるものなんです。



よりり  そうなんですか。



  ふみ  お話会に参加させてもらって、いろんな患者さんと会いました。みんないい方なんですけど、失敗談でもいいから、「私もがんばってますよ」というお話を聞きたいですね。僕は何百と、数え切れないほど失敗して、先生があれほど「反応妨害をして、強迫行為をするな」と言っているのに、確認をしてしまったり。他の人も、失敗を恐れているのかなという気がします。



よりり  それは、掲示板で言ってほしいのですか?それともお話会で言ってほしいのですか?



  ふみ  僕はお話会にしか参加していないので、できたら「こういうことをしています」という話を、もっと聞きたいです。この人は僕とは違う症状だけど、がんばっている、こういうことに自分でチャレンジしているんだと聞くと、うれしいんです。一緒にがんばっている人がいるんだ、という情報が欲しい。

最新の情報ももちろん欲しいけど、行動療法が有効だとわかっているのであれば、それに一人でも踏み出した人の存在が、僕は情報として欲しいんです。そういう人が増えていかないかなあ、と思います。



よりり  会に来られるのは、純粋なOCDの方ばかりではないんですね。うつとか、いろんな心の病がある人もいます。するとやはり、できる話とできない話があるんですよ。してはいけない話もあります。たとえば、うつが絡んでいる人には、「がんばって」という言葉を言ってはいけないんですよね。



   有園  そういう行動療法の話もあれば理想的なのですが、今日来ていただいている方々は、そういう治療を経験している方なので、がんばってよかったという話もここで話していただければと思います。私が知っている人だと、症状がある程度改善すると、病気で失われたそれまでの時間を取り戻すために、やりたいことに時間をとっていて、患者会に出てくる時間がとれない人も少なくないです。



  ふみ  僕も、お話会では、がんばりなさいという話はしていないはずです。でも、時間だけが流れてしまうじゃないですか。うつの方の気持ちもわかるんですけど、これに対処しないと。僕はこの4年間、闘病していて、親も60歳ぐらいですけど、親がとても老けたのを感じるんです。そうしたときに、次に誰が残るかというと、生きていくためには、自分ががんばらないと。どこかで自分を奮い立たせないと……。



よりり  やっていけないよね。



ふみさん:将来はトルコなど海外に行ってみたいと考え、英語も再度勉強したいそうです
ふみさん:将来はトルコなど海外に行ってみたいと考え、英語も再度勉強したいそうです

  ふみ  やっていけないですよ。現実として、親も老けるし、病気になるかもしれない。自分が立ち上がらないと。僕はそういう意味で、立ち上がりたいと思いますし。少なくとも、早めに自分と向き合わないと、よけいに症状が重くなります。僕だって、最初は確認だけだと思っていたら、加害が出て、不潔恐怖が出ました。確認だけのときは、加害が出るなんて思ってもいませんでした。今はかなり症状がよくなりましたけど、放置しておくと、まだ何が隠れているかわからないんです。だから、早めに少しずつつぶしていく。それには勇気もいるし、力もいります。

だからこそ、医師とか家族とか、周りの協力が必要なんですね。僕は、親が仕事で出かけているときに、一人で閉じこもっていて、友達にもOCDのことを話せなくて困っていました。そういうときに助かったのは、母方の叔父が、しょっちゅう電話をかけてきてくれて、「おいしいものがあるから食べに行こう」と僕を誘ってくれたんです。僕が親と喧嘩になったら、夜中なのに、遠くから仲裁にも来てくれました。僕は、それに応える責任があると感じます。すぐには無理でも、いつかはそれに対して応えなくてはいけない時が来ると思っています。

   有園  お話会の参加者にはいろいろな人がいるのですが、最終的に、治療に臨むのはやはり本人であって、ある程度、本人にそれだけの気持ちがないと、長続きしないですね。そして、本人が続けるのには何が必要かというと、こうやって、実際に治った人の存在や情報があることです。そういうものがないのに比べれば、あったほうが決断もしやすいし、そういう存在があったほうがいいのです。



  ふみ  僕が回復した一番の元は、自分がどういう立場にあって、今後どうしたいか、親や周りの環境がどうかなどに気づかされたことが、一番大事だったと思っています。自分が今後、どう生きていきたいのかという気づきによって、ああ、今僕はこういう変な確認をしているな、変な思考にとらわれているな、それによって、親がどういうことになっているか。人間はどう生きていったらいいか、自分はどう生きたらいいだろうかと気づいたときに、なにか進歩があったんですね。



よりり  気づきは、すごく大事だと思います。だけど、段階がみんなそれぞれ違いますよね。私だって初めは、お話会に行くだけでせいいっぱいでした。そのときは、会に行って、「いらっしゃい」って言われただけでも十分でした。そのときに、「なんであなたはできないんだ」と、いきなり言われても、できないでしょう。



チョコ  ふみさんは「もうちょっとなんとかできないかな」という気持ちがあるだけなんですよね。



よりり  お話会に来る人は、同じ段階の人だけではないんです。ここにいる3人は曝露反応妨害法をやっているので、同じ段階で話せますけど、やっていない人がほとんどですよね。「ネットで見て初めて来ました、仲間がいてうれしい」という人もいます。



  ふみ  でも、お話会に来た時点で、第一歩なんですよ。



よりり  それだけでも、認めてあげて。




■病気が治った後にどうするか

  ふみ  僕は、親とのけんかが絶えなかった時期があったんですね。それは、僕としては加害恐怖がなくなって、どこへでも行けるようになったら、社会復帰ができるかな、と思うじゃないですか。僕もそろそろみんなに追いつけるかな、と。でも、親たちは、バイトから始めてゆっくりやればいいと言うし、有園さんもゆっくりやっていけばいいと言ってくれました。でも、僕はそれが自分に許せなかったんですね。

僕は、高校はいわゆる進学校に通っていたんです。親の教育は、いい高校に行って、いい大学に行って、いい会社に入ればいい人生が待っているというもので。だから僕は、一度挫折したけれど、一気に上がりたかったんです。それが、親に「どこでも働かせてもらえばいいじゃないか」と言われて。

改善するうえで、病気自体も大変だったんですけど、自分に合った道を探すことも大変でした。あるとき、テレビを見ていたら、千葉県にある、自殺願望のある人が駆け込むお寺の住職さんがいいことを言っているなと思ったので、電話をかけました。住職さんが出られて、僕が「親とけんかもして、もう死にたいです、うつかもしれません」と話したら、「いや、あなたはうつじゃないです」と言うわけです。「あなたが親御さんとけんかするのもわかりますが、あなたを変えるのは、あなた自身でしかないんですよ」と言われました。

一番心に残っているのは、「行動すれば、必ず景色が変わる」という言葉です。その住職さんが言うには、「あなたは、周りに追いつくために特急に乗りたいかもしれないけれど、人生さまざまだ。鈍行でもいいから、一度乗ってみなさい。あなたはまだ始発で止まっていて、動いてもいない。まずは動いてみなさい。動き出すと、何か景色が見えてくるだろう。次の駅に止まったら、その駅で降りて、景色を眺めて楽しんでみればいい。特急では速すぎて見えない景色が、鈍行では見えるかもしれないですよ」と。

その言葉に、僕は感銘を受けました。僕はいつも責任を他人に転嫁してきたけれど、僕自身が変わって、僕自身が動けば、今までくよくよして止まっていたものが、動き出すんじゃないかな、と思いました。



よりり  動き出すよね。自分が変われば、周りが変わってくれるよね。



  ふみ  はい。この住職さんはすごいことを言うな、と思いました。僕にしか見られない景色を見ればいいんだ。他人は他人、自分は自分。人がどうであれ、自分が思うような景色を、これから見ていけばいい。親が僕に植え付けた路線なんてどうでもいい。違う道もあるな、と思えたんです。そうしたら、楽になりましたね。死にたいという気持ちもなくなりました。病気がよくなっても、取り巻く環境というものもあるので、僕みたいに、そこにも悩みを抱える人がいるんじゃないでしょうか。



   有園  ふみさんよりももっと引きこもりが長かった人もいるわけですね。10年、20年と引きこもっている人もいます。そうすると、OCD以外の、別の問題をいろいろ抱えているわけです。それも解決しなくてはならないし、強迫症状だけがとれればいいという話でもないですね。



よりり  後のことも考えていかないといけないわけですね。社会に適応するということも。



   有園  症状にはまっているときは見えないけれど、治ってくると、いろんなことが見えてくるということがあります。それが一つの特徴です。ふみさんに、住職さんが「行動が変わると見える景色が変わってくる」と言いましたね。たぶんふみさんも、今は見ている景色が変わってきたので、気づきができてきたんだと思います。




■人生を楽しみたい

   有園  皆さん、症状がある程度改善して、できるようになったことが増えるなど、いろいろなメリットがあるわけですね。そういうことや、今の自分の現状などをお話しください。



チョコさん:チョコレートのほかにはグレープフルーツジュースが好き、そしてバオバブの木が生えた外国の景色が好きだそうです
チョコさん:チョコレートのほかにはグレープフルーツジュースが好き、そしてバオバブの木が生えた外国の景色が好きだそうです

チョコ  私は、自分の悪いところなども全部、病気のせいにしていたところがあって、別に病気がよくなったって、それはちっともよくなっていないということに気がついて、すごくがっかりしました。病気が治ったからといって、すぐに明るい未来が見えるわけではなくて、これからチャレンジしていかなければいけないことばかり。実は、また病気の世界に戻りたくなったこともありました。それほど苦しいときもあったんですけど、とりあえずアルバイトが始まって、それをやり始めました。

自分としては、結婚願望はありますけど、結婚できるかどうかわからないし、そういうところで将来が見えない。女性で、独身で、これから一人で生きて行かないといけないかもしれない。仕事にしても、何にしても、強迫を抱えながら、再燃について思うこともありますし、まだまだがんばらないといけないところがあります。

仕事については、前は、倉庫の検品とかレジとか、探す範囲があまり広くなかったんですけど、最近、職業訓練を3か月受けることができて、事務の勉強をしたので、仕事を探す選択肢が広くなって、少し希望が見えています。勉強をしたのも久しぶりでしたし、充実感みたいなものもあって、ただ治っただけじゃないプラスの部分、今後の未来の広がりを感じられるものを得たところもあります。

資格はパソコンのワードやエクセルに関するものなのですけど、資格が取れると、それなりにやる気、自信が出てきたり、やはり、動くということは大事だなと思います。これからも動きながら、よくなっていきたいです。

それと、治療後、先生からは、「表情が豊かになった」と言ってもらえたり、別のOCDの患者さんからは「会話のテンポ(受け答え)が速くなった」とほめてもらえたことがありました。自分では、気がつかなかったところなんですけど。

症状がよくなってからは、肩こりが減ったり、とらわれていると思っていなかった部分でとらわれていたことに気がついたり、抜け出してみて、やっとわかることがありますね。自分が前はどんなにつらかったか、抜けだしてみてやっとわかりました。症状に入り込んでいるうちは全然わからなかったと思います。

   有園  では、よりりさん。



よりり  今は、ほとんど強迫観念も強迫行為もないんです。もう、ノートを見ないと、どんなふうだったのか思い出せないぐらいに忘れてしまいました。今は、社会への適応の途中です。ああ、世の中こんなに変わってしまったんだ、前はビルが建っていなかったところにビルが建っていたり、1年前はカフェのお店だったのに違うお店になっていたり、道が2車線だったのが4車線になって、道路沿いの家はなくなって、風景が全然変わってしまったりということが、私の周りはあまりにも多いので、それらに慣れていく途中です。

あと、もうひとつ私には課題がありまして、まだ、窓を開けて洗濯物を外に干していないんです。これをやろうと思っています。もう7~8年ぐらい開けていないので、窓とベランダを掃除するのはたぶん自分では無理だと思いますので、業者さんに頼んでやってもらって、次の日から、洗濯物干しや布団干しを一気に終わらせるというのが、今の私の課題です。



   有園  では、ふみさん。症状が改善されて、できるようになったことや、よかったことは。



  ふみ  まず、今回座談会に参加したのは、勝手な思いですけど、サイトを見てくれた人にがんばってほしい、勇気を与えたいと思っていました。よりりさんのお話を聞いて、それだけではない場合もあるということがわかりましたが、そういう人たちにも、いつかは陽が差すときが来てほしいと思いますし、今回の記事を見てくれた人が、何かを感じてくれたらな、と思います。

今、チョコさんと同じような、ワードとエクセルに関する資格を得るためにパソコン講座を受けているんですけど、その前に、自分が今後、社会に適応していけるかどうかを確かめるため、去年の10月から今年の3月まで、栃木県にある引きこもりからの自立を促す塾に合宿させてもらいました。

いろんなことでイライラしたりはしましたけど。僕は28歳のときに、いろんな人との人間関係を遮断したんですね。それは病気のせいでもあり、僕の性格的なことでもあると思いますが、やはり、人とかかわりあうということは、すごく大切だなと気づかされました。もちろん、ネットでつながっていくこともいいと思います。それで救われている人もいますし、僕も救われた一人です。だけど、生身の人間同士でかかわりあえて、その素晴らしさを知りました。

僕はまだ確認強迫があるので、ワードやエクセルの検定を通ったからといって、すぐに仕事につけるとは思っていません。でも、僕は栃木県での合宿で、人とのかかわりを持つことによって、病気と対峙して、社会に出ることが少しできるようになれました。過去の反省も含めて、自分を振り返ることもできました。今は、またがんばろうかな、という、生きる気力というのか、それが少しずつ湧きはじめているような気がします。それで今、昼間は学校に行っています。

変な話ですが、「人生にはモテ期が3回ある」と誰かが言っていました。本当かどうかわかりませんけど、僕は20代の最初の頃にはそこそこだったので、次は3年後を目指しているんです。33歳になったら、僕も、イ・ビョンホンとは言わないですけど(一同笑い)、僕のこの覆いかぶさった仮面の下には、何が隠れているかわからない。そういう、変な意味で、今まで閉じこもっていたので見えなかった野心が見えてきたんです。



よりり  一度こもっていたから、本当の自分が出てくるのかもしれませんよ。もっとカッコよくなるかもしれませんし。



  ふみ  今はまだダイエットを始めて20日間ぐらいですけど、5キロやせました。



よりり  すごいですね。



  ふみ  そうやって何かを始めたり。まだ29歳なので何とも言えないし、いつでも始められるなんてカッコいいことも言いませんけど、でも、始めたときがスタートかな、と。うちの親は60歳で、楽しみがあるのかな、僕のために苦しんでいるのかな、と思ったりもしますけど、やはり家族にも友達にも、人生、楽しく生きてもらいたいです。そのためには自分が何をすべきか。僕は今まで恩を受けた代わりに、今度は自分で何かしてあげられる立場になりたい。自分が元気になれば、それが恩返しだと思います。



よりり  私もそういうのがあります。「人生、いつでもこれからが始まり」とか、自分が頑張れる気持になれる文章を、いくつか携帯に入れて、つらいときはそれを見て、頑張ってきましたから。



   有園  そういうモットーでもいいですけど、今まで「これがあったから乗り越えてこられた」というものはありますか。たくさんあると思いますが、お一人一つずつ教えてください。



よりり  治すことをあきらめないことです。休んでもいいし、回避してもいい、でもあきらめない。これは、夫と娘と自分自身、約束をしたことだから。声に出して「治す」と言った以上、約束は必ず守るという私の意地でした。



   有園  チョコさんの場合、いままでやっていてよかったことや、原動力になったことは。



チョコ  よくなりたいという気持ちはもちろんありました。2番目のクリニックの治療は、地道に頑張るという感じでしたけど、3番目のクリニックに行ったときは、もうジェットコースターに乗せられたような感じなので、その勢いを落とさないように、自分でも、そのいいリズムを保っていきたいと思って頑張ったところはあったと思います。



   有園  2番目の先生のところには、除菌した車でやっと行ったわけでしょう。その頃に比べると、その先生の治療を受けた後、名古屋や大阪にも行けるようになったというのは、すごい進歩ですよね。



チョコ  そうですね。結婚したかったからですね。結婚願望があって、治りたかった。ネットとかで知り合うのは嫌だったんです。実際に会って知り合いたかった。でも、不潔恐怖で、外にも出られないじゃないですか。そんなことやっている場合じゃない、と思って(笑い)。今は、もう31歳ですよ。



よりり  まだまだですよ。人生、楽しんだほうがいいですよね。



   有園  私も病気になったのは29歳で、チョコさんと同じぐらいの年齢だったのですが、治りたいという原動力は、このままで人生終わりたくない、というのが一番だったですね。



よりり  人生、楽しみたいですよね。



   有園  病気のときは、全然それが見えないわけですけど。



チョコ  私も、今だからそれは思いますけど、病気のときは別に思いませんでした。早く死にたいぐらいの感じで、楽しいことがあるということもわからなかったです。



   有園  最後に何か、言いたいことがありましたらお願いします。



よりり  OCDは、治ると思います。



  ふみ  僕は、人生楽しむために頑張りたい。これまで本当に、苦しんで苦しんで、頑張ってきたじゃないですか。だから僕は、将来的には、法律に反しない範囲で、幸せをつかみたいです。もしカッコよくなれたら、3人ぐらいのカワイイ女の子とつきあいたいな(一同爆笑)。だって、一時は自殺まで考えた男が、そこまでの元気が出れば。社会のルールに反していると言われるかもしれないし、女の子には悪いかもしれないですけど、「あり」だと思いますよ。



よりり  ありですよ(笑い)。



  ふみ  半分、冗談で言っていますけど、それぐらいの気持ちで元気出して楽しまないと、意欲がわかないです。僕の20代は、本当につらかったですもん。



よりり  私も、人生を楽しむために治したいというのが、一番にあった願望ですね。それと、OCDは治ります。正確に言うと、治る可能性もありということです。



   有園  まとめていただいてありがとうございます。今日はお疲れ様でした。





●まとめ――――――有園正俊

今回の座談会に参加していただいた皆さんは、それぞれすごいところがあります。うまくいかない時期があっても、改善をあきらめずに、そのつど、チャレンジしてきました。

現状では、強迫性障害への専門的な治療を行っている医療機関が少ないので、患者さんや家族が、自ら、医療機関を探すために努力をしなくてはならないことがあります。そして、患者さん自身が、自分の抱えている問題に向き合うことも必要です。そのためのきっかけは、家族の働きかけなどさまざまです。そのような話もしていただき、参考になる人も多いのではないかと思います。

また、よりりさんは、お医者さんにかかりつつ、行動療法は独力で行いました。そのようなことができる人も少ないです。海外の調査では、「強迫性障害の人の約8割が、専門家による支援がない場合、独力では症状が改善しない」というものがあります。ですから、医師、心理士など、強迫性障害に対して適切な対処のできる専門家が、今後も増えてほしいと思います。それによって、今回の参加者の方々のような体験をする人が増えることを、切に願っています。


●注釈

*1  OCDお話会――司会の有園正俊さんが2006年から開いている、OCDの患者さん、家族のための会。東京都三鷹市で開催。案内は、下記のサイト「強迫性障害の案内板」の中にある。

*2  有園さんのサイト――OCDサポート 強迫性障害の案内板
http://kyou89.fc2web.com/index.htm

*3  エクスポージャー――曝露すること。


●参考文献
上島国利/編集代表 松永寿人、多賀千明、中川彰子、飯倉康郎、宍倉久里江/企画・編集 OCD研究会/編集協力 『エキスパートによる強迫性障害(OCD)治療ブック』 星和書店 2010年

Christine Purdon, David A. Clark, Overcoming Obsessive Thoughts: How to Gain Control of Your OCD, New Harbinger Publications, Inc. 2005年