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OCDコラム

OCD体験者座談会2010
第2回 自分に合った医療を求めて


3人の皆さんは、外出もできないほどの状態から、どうやって回復したのでしょうか。
精神科のお医者さんは全国的に不足しているといわれていますが、
OCDの治療経験が豊富なお医者さんとなると、さらに数少ないのが現状です。
そんななかで、皆さんは、自分にできることから行動を起こしていきました。


司     会●有園正俊さん (49歳・男性・東京都 OCDお話会主宰、精神保健福祉士)
OCDコラム第23回に登場
参 加 者ふみさん  (30歳・男性・茨城県)
チョコさん (31歳・女性・埼玉県 東京OCDの会世話人)
よりりさん (48歳・女性・東京都)


!注意
お話のなかに出てくる出来事は、それぞれの方の実体験に基づいたものです。
医療の現状につきましては、時代や地域の違いにより、状況が異なる場合があります。
症状への対処法については、それぞれの方で条件が違いますので、誰にでも応用ができるものではありませんし、決して自己流の判断を推奨するものでもありません。その点にご留意の上、
お読みください。


■ふみさんが入院して受けた行動療法

   有園  ふみさんは、症状ではどのへんが困っていましたか。まず確認がひどくなって、それから加害不安が出てきたんですね。


ふみさん:蕎麦・ラーメンなど麺類が好きというふみさんが、いま興味をもっているのはダイエット。ダンスとか踊れたら、かっこいいなあと思っているそうです。
ふみさん:最近、健康に気をつけているふみさん。カラオケでストレスを発散したり、ウオーキングをしたりと体調を管理しているそうです。

  ふみ  仕事を辞めて、プレッシャーから解放され、家に落ち着いていられるようになったんですけど、会社を辞めるとき、机の中のものを袋に入れて持ち帰ったんです。そのなかに、ホッチキスの針の塊があったんですね。その針を捨てなくちゃいけないなと思いながら、そのままにしていて、台所に行き、そのときお米を入れるケースのふたが開いていると、自分がホッチキスの針をそこに入れたんじゃないかと思うようになったんです。まずい、と思って、親に米を精米機にかけてくれと頼みました。そうすれば、異物が入れば音がしてわかるだろうと。それで、何回も精米機にかけてもらいました。
これはおかしいと思ったので、また病院に通おうと思い、地元の公立の病院に行きました。そこで、診てくれた精神科の先生は、高齢者の認知症の専門の先生で、薬は徐々に増やしていくかたちで出してもらったんですけど、なかなか効かないんです。「何かいい方法はないですか」と言うと、先生は、分厚い医学の事典を開いて、OCDのところを見て、「行動療法というのもある、薬と行動療法を併用すると効果があると書いてあるよ」とおっしゃるんです。行動療法というものがあると、そこで初めて知りました。でも、別に転院を勧められるわけでもなく、そのままにされている状態でした。それで、近くに大学病院があるので、もしかしたらそこなら行動療法をしてくれるかもしれないと思って、2か月ぐらい我慢してから、自分で行ったんです。

その大学病院の行動療法は、3か月入院して行う方式でした。そこでは最初、精神科の相部屋に入ったんですね。そうしたら、共同の冷蔵庫にあるペットボトルの中に、看護師さんが持っている薬を、自分が入れてしまうんじゃないかという不安に駆られたんです。本当につらくて、なんで自分は精神科という隔離された安全な病院の中で、こんなに怯えているんだと思いました。でも、2週間頑張れば行動療法が始まると思って、我慢しました。
まず心理教育と心理テストを受けて、始まった行動療法というのが、「何が怖いの? 最初は軽めのほうからいきましょう」と言われて、「ハサミや刃物が怖い」と言ったら、「じゃあ刃物を向けますから」と言うんです。「どうですか、SUD(注1)が何パーセントぐらいですか」と聞かれて、けっこう怖くて、「70%ぐらいですかね」と言うと、それから15分後、30分後、1時間後に先生が来て、「今はどれぐらいですか」と聞く。下がるのを確かめに来たんだと思いますけど、最終的に「30ぐらいですかねえ」と答えました。
こっちは1日中、いつも苦しんでいるのに。食堂でご飯を食べていると、今度は箸でお年寄りの目をつついたんじゃないかと不安になって、看護師さんに、「僕、おばあちゃんの目をつついていないですよね」と言うようになりました。シャワーを浴びて、出ると、お風呂には僕しかいなかったはずなのに、そこで誰かを殴ったんじゃないかと思えて、ナースコールをして、「誰かを殴ってけがをさせたかもしれないから、お風呂を見てください」と言う。そういうことが毎日続きました。それなのに先生は、毎日1時間、こんどはスプレーを僕に向けて、「どうですか」と聞きます。全然、効果がありませんでした。
当時、その病院は、まだ行動療法を始めて間もなかったようです。一番つらかったのは、最初に、「今から行動療法を始めますけど、これは、5%でもよくなったらよしとしてください」と言われたことです。僕は、最初の2週間のうちでも、頭の中でほかの人に危害を加えていて、生きていくのにすごく苦しいんですよ。そんな人に、5%って……。僕は薬物療法で効果がなかったから、行動療法に賭けて、2か月待ってやっと行ったのに。なんでそんなことが言えるんだ、と思いました。
もちろん、3カ月治療して、5%でもよくなりました、というんならわかるんです。でも、これから闘おうと思っているのに、5%でいいんだというのは……。5%よくなったって、何が変わるんですか。おばあちゃんの目をつつくのが、100回が95回になって、それでいいんですか。大学病院というので信じて行ったのに、5%しか治らないと言われたら。納得いかなかったですよ、僕は。(語気が強まり、涙も出る)

司会の有園正俊さん:精神保健福祉士になる前はイラストレーターとして生計を立てていました。今コラムのイラストも有園さん制作のもの。 司会の有園正俊さん:精神保健福祉士になる前はイラストレーターとして生計を立てていました。今コラムのイラストも有園さん制作のもの。

  有園  どうしても、昔の嫌なことを思い出すので、感情が出てしまいますね。そういうことはあると思います。でも、ふみさんは、自分で医療機関を探して行ったわけでしょう。なかなかそうやって、自分で探して行動に移すということができない人も多いので、そのあたりはすごいなと思いますね。




■励ましてくれる先生との出会い

  ふみ  加害不安を体験した人でないとわからないと思いますけど、毎日、自責の念とかいろいろ感じて、苦しいんです。あるとき、家で2~3時間うたた寝をしてしまって、「ああ、寝ちゃったんだ」と思った瞬間に、近所の誰かを殺したんじゃないかという思考が入ってきたこともあります。うたた寝しただけで、ですよ。
ストレスがたまって、結局、大学病院を出ました。抜け出してやろうと思ったら、止められて、先生に「もうあなたはここにはいられません」と言われました。「じゃあ僕はどこに行けばいいんですか」と言いました。僕は不安で、家にもいられなかった。少なくとも、精神科の狭い環境のなかにいれば、人に害を与えるという不安は少ないだろうし、行動療法をすれば、少しは治ると思っていたんです。じゃあ、僕はどこで治すんですか。転院先も教えてくれないんですよ。
で、僕は探しました。インターネットで探したら、都内のクリニックで行動療法をやっているので、もう一度賭けてみようと思って、そこに行きました。そのクリニックの先生が、最初におっしゃったのは、「これは闘う病気です」ということでした。心に響いたのは、「ノー・ペイン、ノー・ゲインです。つらさを伴わずして、得るものはない」という言葉です。そして、曝露反応妨害法(注2)をやると言われました。「これはあくまでも病気ですから、何を感じてもやり過ごしてください。そうすれば、必ず改善されます」と。大学病院で5%と言われたものが、必ず改善されますと言われた。僕はそのとき、やってみよう、と思いました。

それから僕は、曝露をしました。嫌なことをして、それを我慢するのが曝露反応妨害ですから、曝露をしなくちゃ、と思いました。父親も、「外に出て、いろんなものを見て、曝露されて来い」と言ってくれました。
たとえば、僕は包丁を見るのが嫌だったので、包丁を見に、近所のスーパーやデパートの包丁売り場に行きました。売り場を通ると、いま自分は包丁を持っているかもしれない、鞄の中に入れたかもしれない、と思うんですけど、先生は、そこをやり過ごせと言う。で、反応を妨害するのは難しいので、親に電話しました。職場に電話をするのはよくないんですけど、父親に電話して、「悪いんだけど、いま包丁売り場を通ったんだけど、子どもを刺したかもしれない」。"刺した"と言うと、周りも変な眼で見るので、「"さー"したかもしれない」と言ったんですね。そういうことが何年も続いたんです。
でも、あまりにも電話の回数が多すぎたんですね。親もよく出てくれたなあと思うんですけど。あるとき、父親が部下を叱ったら、その部下から、あなただっていつも電話しているじゃないですかと言われたので、もう電話には出られないと言うんです。それがきっかけで、つらかったですけど、親には電話をしないことにしました。
それから、いろんなところへ行きました。それが僕にとっての曝露だと思っていましたから。まず、人ごみに入り込むこと。電車に乗ると、自分がホームから人を落としたんじゃないかと思うので、電車を使うことも曝露だったんです。それをなんとかやり過ごしていくと、加害恐怖は治まってきました。僕はそんなことをする人間じゃないと、自分に自信が持てたときに、自分の視界に、少し自信が持てるようになってきました。先生が言ったとおり、これが曝露反応妨害なんだ、と思えたときに、やっと、加害恐怖がなくなりました。



   有園  ふみさんのような症状は、決して珍しい症状ではありません。入院での強迫性障害の行動療法では、病棟のスタッフ全員に心理教育をしないとだめなんだそうです。看護師さんに、「加害行為をしてしまったような気がするんですけど大丈夫ですか」と聞きますね。そこで、看護師さんが確かめに行って、ふみさんに大丈夫だと保証したら、症状に巻き込まれてしまうので、そうしないように、看護師さんやスタッフ全員に教育しないといけないんです。ふみさんの場合、巻き込みのせいで、治療効果よりも悪循環のほうが増えて、かえって悪くなってしまったのではないでしょうか。



  ふみ  僕は、頭の中で何人怪我させたかわかりません。「やり過ごしてください」という先生の言葉だけを信じて、あとは「お前はそんなことをする人間じゃないから安心しろ、何かあったらおれが対処してやる」という親のバックアップと、必ず治るという自分の思い込みと。


よりりさん:SMAPの木村拓哉さん、関ジャニ∞の丸山隆平さんが好きなよりりさんが、いま興味をもっているのはインテリア雑貨。
よりりさん:SMAPの木村拓哉さん、関ジャニ∞の丸山隆平さんを好きなよりりさんが、いま興味をもっているのはインテリア雑貨。

よりり  ふみさん、自分から苦手とする恐怖対象に向かって行っていますよね。逃げないで、真正面から行っているでしょう。だから、ここまでよくなったんだと私は思います。先生やご両親のバックアップもあると思いますけど、自分の意志で、一番苦手なものに向かって行っているから、ここまで改善したのではないでしょうか。私自身もそうだったと思っています。



  ふみ  僕は、加害に関しては、行動療法である程度よくなったので、今日もこうして電車に乗って、ここに来られました。



よりり  加害とか、不潔とか、いろんな種類があって、苦手とする対象はみんな違いますけど、根本は同じですよね。治す方法も、恐怖に向かって曝露反応妨害法をするというのは有効ですよね。でも、それは、やった人にしかわからない。やって、あ、なんでもなかったんだ、と実感した人にしかわからないところがありますね。

   有園  まず、行動から変えていくわけですね。行動を徐々に変えていけば、人を刺したかもしれないという強迫観念や、それが怖いという感情が、だんだん下がっていく。行動を変えることによって、感情や観念は、後になって知らないうちに減っていくというのが行動療法なんです。そのようにして、とらわれた症状を一つずつ、はずしていくので、その人の症状全体がだいぶ改善されたと感じるまでの期間というのは、人によって違います。私もそうでしたが、だんだんできることが増えて行って、しばらくして気がつくと、昔は気にしていたことが、今はあまり気にならなくなっているという感じですね。


■チョコさんが受けた薬物療法と行動療法

   有園  チョコさんは、最初のクリニックではどんな治療をしましたか?


チョコさん:大のチョコレート好き。最近は、心理・コミュニケーションに関するセミナーに参加して、「いろんな人に出会うことがたのしい」というチョコさんです。
チョコさん:大のチョコレート好き。最近は、心理・コミュニケーションに関するセミナーに参加して、「いろんな人に出会うことがたのしい」というチョコさんです。

チョコ  薬をもらいました。でも、薬はあまり飲みたくなかったんです。精神科の薬って、人格が変わるんじゃないかとか、自分が自分でなくなるような気がして。でも、あんまり症状がひどいので飲むしかありませんでした。そしたら、飲んですぐに、薬の効果を感じたんです。私は、朝起きると、百円ショップで買ったビニール手袋をつけるところから1日が始まっていたんですね。何回も何回も、うまくいかないと、汚れがついたと思って、またやり直して、それが自分でも苦痛だったんですけど、それを少し、やめやすくなりました。



   有園  薬は何を飲んでいたんですか。



チョコ  SSRIです。最初は頭が痛いし、気持ちが悪いしで、病院の先生に電話したら、「あなたはこういう薬に慣れていないので、もう少し飲んでみるように」と言われて、飲んでいたら、わりとすぐに慣れました。

   有園  薬が効いたというのは、どんな感じでした? 感覚として。



チョコ  薬で気持ちが楽になるというか、軽くなるというか。繰り返しをやめやすくなる感じでした。強迫がひどかった頃と今とを比べると、強迫のしつこさや粘っこさ、迫ってくるような感じが、切れやすくなったような感覚がしました。前はガムみたいに粘っこい感じだったのが、だんだん水あめみたいになってきて、だんだん水みたいにサラサラになっていくような感覚でした。それは、薬だけではなくて、行動療法もやってからのことです。



   有園  薬の効果は人それぞれですが、言葉に表現しにくいんですね。はっきりバッと効くような感じではないので、なんとなくしのぎやすくなったというものが多いです。チョコさんは、それから別の病院で行動療法を受けたわけですね。



チョコ  薬は飲んでいましたが、たぶん、一時的に病気が悪くなる急性期の時期だったようで、トイレからもなかなか出られなくなって、病院にも行けなくなり、母に薬を取りに行ってもらって、もうほとんど家から出られないようになっていました。
でも、治療法で認知行動療法というものがあるということは、ネットで父が調べてくれて知っていました。それで、認知行動療法をしてくれる病院を探したいと思って、クリニックの先生に聞いたのですが、その先生はやっていないというので、自分で探さないといけなくなりました。でも私は、自分では電話もできなくて、たまたま母が心当たりのある公立の病院に電話をしたら、OCDの認知行動療法の治療をしているということでした。そこで出会ったのが、OCDの治療にも力を入れている先生でした。
その先生のいた病院に、認知行動療法を受けに行ったんですけど、とにかく私は、家から外に出ること自体が大変だったんです。出るには、車を除菌しないといけない。アルコールティッシュをいっぱい使って除菌して、車の中にシートみたいなものを敷いてもらって、すごい準備をして、ようやく行けたのです。それでも予約の時間に間に合わなくて、初めの日に遅れてしまったんですね。そうしたら、OCDの専門の先生が出てきて、「それも症状ですから」と言ってくれました。そのときは、パン屋の話をしたのかな、立ちっぱなしで、手袋をしたまま話をした記憶があります。



   有園  椅子に座れなかったんですね。



チョコ  そうです。その前に地元のクリニックに受診したときに、椅子の汚れが気になって、座れなくなってしまって。
最初に治療に入ったときは、先生のほかに何人か、心理士さんやスタッフの方がいて、何か持ってきてくださいと言われていたので、耳かきを持っていったんです。耳かきって、なんとなく汚いけれど、それほど汚いものじゃないですよね。自分でそれを選んで。でも自分では持っていけないので、母に持って行ってもらいました。よく覚えていないんですけど、私は立ちっぱなしのまま、それを触ったのかな。そして、「その手でお母さんの肩を叩いてください」と言われて、叩きました。嫌な感じがしましたが、私の場合、けっこうすぐに、その嫌な感じが落ちたんです。心理士の先生が、「早いですね」と言ってくれました。
帰るときは、その耳かきに触った手を洗うのを、3時間は我慢してくださいと言われました。3時間我慢すればいい、後で洗えば、という思考がどうしても働きますよね。でも、私は診察室に入るときもドアノブに触れなくて、親や先生に開けてもらっていたので、それを私が触ったのか、おかあさんが耳かきを触った手でドアを閉めたのか忘れましたが、とにかく、耳かきの汚れが病院に残ってしまったんですね。それがすごく気になって、帰りの車の中でも、大丈夫かと心配し続けていました。
また、家では、自分なりに努力はしていました。日記みたいなものを書いていて、これは頑張ったとか、手洗いがちょっと減ったとか、うまくいったらシールを貼って、自分なりにやる気が出るような方法を考えました。ちょっと行動療法的な感じがしますけど、シールを貼るのは、教育番組か何かで見たのを真似したんです。好きなシールを買ってきてもらって、できたらシールを貼る、みたいな感じでやっていました。

それから、その先生がクリニックを開業することになったので、そちらに行くことになりました。私は電車に乗ることも難しかったんですけど、なんとか昼間のあまり混まない、人に当たらなくてすむような時間帯に、電車に乗って行きました。電車の中でも私は立ちっぱなしで、改札での切符も母に通してもらっていました。最初はそのクリニックの椅子にも座れなくて、スリッパも自分で持っていっていたんですけど、治療を受けているうちに、だんだんクリニックのスリッパを履けるようになってきて、外出も一人でできるようになり、お金も手に持てるようになって、少しずつよくなっていきました。



   有園  その先生からは、どんな指示がありましたか。



チョコ  シャワーの時間を短くしていくという宿題が出ていました。私は菌が嫌だったんですけど、先生に「菌は乾けば大丈夫」と言われたんです。そう言われても、今度は乾いているかどうかを確かめたくなって、乾いているってどんな状態なのかと、一時期は、菌についてもネットで1日6時間ぐらい調べていました(注3)。それもやらないほうがいいと言われていましたけど。お風呂の時間もだんだん短くできるようになっていって、2時間半ぐらいだったのを40分ぐらいまで短くできるようになりました。でも、まだ家の中には、自分専用の、家族が入ってはいけないゾーンがいっぱい残っている状態でした。




■行動療法研修会のデモ患者になる

   有園  そのへんで、今度は3番目の先生から行動療法を受けるわけですね。



チョコ  そうです。2番目の先生のところは、いい治療で、当時は、ありがたいクリニックだ、他の人には紹介したくない、内緒、内緒、くらいに思っていました(笑い)。でも、そこがだんだん混んできたんです。私はよくなってきていたし、もっと早くよく治りたいから、集中的に治したいと思ったんですけど、とにかく混んできて、予約が取れないようになってきた。3週間に1回ごとに受診して、心理士の先生と話し合って、課題を決めるんです。心理士の先生との面接は20分ぐらいなんですけど、時間内に解決しないんですね。だんだん曝露対象になる嫌なもののレベルを高くしなくてはいけないんですけど、私は嫌だというし、心理士の先生は大丈夫と言うしで、平行線になってしまいました。



   有園  そのクリニックには、心理士の先生がいたわけですね。



チョコ  そうです。先生と課題を決める時に、その嫌なものに対して、自分がやろうと思えないわけです。結局、平行線が何週間も続いて、治療が進まないことに、私はちょっとイライラしはじめました。いいクリニックなので、他のところには変わりたくないけど、民間の認知行動療法の機関に行ってみようかと思って、予約をしたり、ネットで探したりしていました。そうしているうちに、OCDの会(注4)というのが行動療法研修会をやるという情報を見つけて、その研修会の、実践編に申し込みました。
曝露が嫌だから、違う治療法はないかと探しているときに、ネットで相談した方が、自分が相談したことを、今の先生に直接言ってみたら、と言ってくれたので、そのメールを先生に見せたんです。そういうこともあって、病院を変わってもいいという話になってきて、自分にとって嫌じゃない治療をしてくれるところを探していたところでした。



   有園  それは、自分で探したのですか? 2つめの病院を探したときは、お母さんが電話をしてくれたわけですよね。



チョコ  そうですね。自分で探しました。その研修会には、最初、見学として申し込んだんですけど、デモ患者がいなかったようで、「やりませんか」というメールが、心理士の先生から届きました。その先生の説明は、「最悪のストーリー」という治療法があるという話で、それは、実際に曝露をしない治療法だと、私は勝手に思い込んでしまったんです。ただの怖いストーリーで治るんだ、と思って申し込んだら、実際の曝露もありました。でも、結果的に、それが治るきっかけになりました。



   有園  それは大阪で開かれた研修会ですね。曝露はどんなことをしましたか。



チョコ  トイレの水に触って、それを他の人につけるという治療法でした。私は、自分に危険な汚れがつくところまではまだ大丈夫と思っているところがあって、汚れを他の人に広げるということが恐怖だったので、それが治療対象になりました。
本当は、それだけではまだ不十分で、私にとっては、汚れの対象を、相手にわからない仕方で広げるということが恐怖なんです。汚れをもらった人が、どこにどんな汚れがついたとわかっていれば、それが嫌なら、どうにかできるわけですね。だから、それに関しては問題がなくて、それがわからない人に、たとえばお金を経由したり、道や電車の中で感染させたりすると、相手は防ぎようがないので、そういうのが最も怖いことなんです。相手の人が防ぎようがない状態で感染させるのが怖い。自分が相手に悪いことをしているのに、それを内緒にしているのが怖い。

その研修会のデモで、宿題に出たのが、どこの汚れがついたのかわからないハンカチを広げるという治療法でした。そのハンカチが、何の汚れか全然わからなくて。研修会会場でつけてきた汚れだから、ゴミ箱とか床とか、トイレの水ぐらいならよかったんですけど、先生が宿題用の汚れたハンカチを作るときに、母が後をつけていったみたいで、女性用トイレにある汚物入れにハンカチを入れたんじゃないかと言うんですね。私は感染加害恐怖があるので、もう、最高の恐怖のものに先生が汚れをつけたんだということが、あとでわかりました。
でも、もうそのハンカチを、自分はカバンの中に入れてしまっているし、デモの後で意識が朦朧としている状態だったからできたのかもしれないんですけど、とりあえず、その汚れが自分についたまま、お金を払ったり、駅でお土産を買ったりして、自宅まで帰りました。



よりり  研修は何日間だったんですか。



チョコ  2日間でした。1日目は基礎編で、2日目が実践編でした。私は、1回頭の中で大丈夫とわかってしまうと、安心するところがあるんですね。たとえばトイレの汚れだったとしても、相手の人は、自分がトイレの汚れをつけてきたことを知っているから、嫌ならその人が自分で洗うこともできる、だからこの会場の人は大丈夫だ、となるわけです、自分のなかで。その大丈夫なルートが見つからない場合が怖いんです。
先生は、それを「儀式計画型」と言っていました。自分のなかでなんとかなるめどが立っていれば、その途中が壊れなければ、どこかでブロックをかければ、そこまで儀式をしてクリアにすればいいという感じです。でも、儀式をしてクリアにできない状態になると、そのあとがすごく不安です。
デモ治療のその日から、自分には変化がありました。床の汚れがついた荷物を、いつも自分の体に当たらないようにと、意識して少し離して持っていたんですけど、そうすると、手が疲れるのですね。でも、その日は、気がついたら、床についたお土産袋を、膝につくようにして、椅子に座って持っていたんです。自分でも気がついたら変わっていたというような変化が、その日からもありました。



   有園  チョコさんの場合、治療法のデモンストレーションに参加したわけですね。その先生の治療では「水抜き」といって、洗浄行為をしないために、水を一切使わないような方法もあるそうですが、そういう指示はありましたか?



チョコ  なかったです。最悪のストーリーを聴くようにと言われて、先生が作ったのを録音してもらい、自宅で聴きました。先生が作る最悪のストーリーが、また上手で、私が恐れるような、どこかの非常に危険な汚れを、純粋無垢な小学生に感染させてしまう。それは、本当は私のせいなのに、担任の先生のせいになってしまう。それで、担任の先生が責任をとって自殺するとか、そういう恐怖のストーリーでした。うまいところをついてくるんですよね(笑い)。私がうんと苦しむような感じのストーリーで。
私は、最初にそれを聞いたときは、嫌だなあと思っていましたけど、家で何回もそのストーリーの録音を聞いているうちに、「そういうことはあり得ないな」と思ったんです。自分の中では、不安に思っているので、こうなってこうなって、こうなるかもしれないと真剣に思っているけれど、その途中のつながりが、いかにあり得ないことかが、聞いているうちにわかってきました。
でも、やっぱりハンカチの汚れに関しては、すごく確認したかったです。先生はどんな汚れをつけたのか、会場のトイレの掃除のおばさんは、どんな掃除の仕方をしているのか、汚物入れにはビニール袋をつけているとすれば、それは毎回新しくしているのかどうかも調べたかったし、大阪に住んでいる人のエイズやB型肝炎の有病率を調べてみようとか、そこまで思考が回ったり、どのぐらい空気に触れていれば感染しないのかとか、いろいろ調べたいことはあったんですけど、結局、自分は危険があるかもしれないのにやったので、悪いことには変わりないんだから、自分は悪いことをしたと思いたくなかったのですが、「自分が悪くないと思うこと」は、あきらめよう。もうやってしまったこと、ずっと後悔し続けよう。もう、しようがないと。あきらめることで、とらわれから解放されたように思います。




■先生に教わった方法を自分で応用

チョコ  最初のデモのとき、私はあんまり怖くて大泣きしてしまって、午後はできるかどうかわからないと思われていたようなんです。昼休みに、先生が続けるかどうか話し合いをしてくれたときに、私が「曝露はやりたくない」と言ったら、先生は「いいよ」と言ってくれました。それで本当にホッとして、気持ちが楽になりました。でも、その先生と話をしたいと思って、話をするということで前に出たんです。それが、トイレの水を人につけるところまでやってしまいました。
その事前の話し合いのときに、先生が「そう思いたくないんだよね」と言ってくれまして、私は、「はい」と答えながら、「ああ、先生、わかってくれているんだな」と思いました。私は、実際に自分が感染させたかどうかとは関係なく、自分が感染させてしまったと思いたくないんです。それが事実かどうかじゃなくて、自分が感染をさせたと思いたくない、そのために儀式をしている。それを先生方はよくわかっていて、治療によって、自分が守ってきたもの、「感染させていないと思いたい」を、見事に壊されたような感じで、それからすごくよくなっていきました。
その前は、バイトを始めたいと思っても、なかなか始めようと思えなくて困っていたんですけど、デモでその先生の治療を受けて3カ月ぐらい後に、バイトを探してみようかなという気持ちになり、だいたい半年後ぐらいには、バイトを始められるようになりました。それで今に至っています。



   有園  デモの後は、その先生の医院には何回ぐらい行きましたか。



チョコ  2~3カ月くらいに1回の頻度で、数回通いました。最初に行ったときに、転院したいと思っていましたが、「もう来なくていいんじゃない?」と言われました。私がけっこうよくなっていたからだと思います。症状は、全部はなくなっていないけれど、あとは曝露を続けていくだけ、みたいな感じだったのではないかと思います。
治療に通う間に、車がやっと運転できるようになりました。不潔恐怖のために車が運転できなかったんです。ハンドルとかシートベルトが自分の体につくのが嫌で。でも、運転しはじめたら、こんどは加害のほうが出てきてしまいました。でも、それも「最悪のストーリー」で教えてもらったような方法を自分でやってみたら、なんとかクリアできたんです。だけど、また運転ができなくなってしまった。車のことを考えるだけでも嫌な気持ちになって。
私は回避がすごく多いほうで、その嫌な気持ちでもやもやしていたと思うんですけど、心理の先生がそれまでにメールで教えてくださっていたアドバイスの中に、「避けている感覚に気がついたら、それを味わってみるように」とあって、その嫌な感覚を味わってみようとした瞬間に、避けずに運転してみようと思えてきて、それまでの暗い嫌な気持ちが急に明るくなったかのようで、運転に関して希望が見えてきて、とても驚き、感動したことを覚えています。運転できるかもしれない、という気持ちになりました。その時は本当に、とてもうれしかったです。
それから、その方法を使いながら運転を続けていって、今は不自由なく運転しています。
やり始めたバイトも、自分にはすごく苦手なバイトです。加害不安があるので、ウエイトレスをするのはちょっときついんですけど、その職場にたまたま採用してもらえたので、やっています。それも自分にはいい治療だったなあと思っています。



   有園  チョコさんのいいところは、そういうふうに、先生の治療が終わったあとで、「これが回避なのか」と、絶えず自分で気をつけるところですね。それで、先生に教わったことを自分なりに応用できる。それができるというのはいいことなんですよ。それができないと、これはとれたけど、ほかはなかなかうまくいかないということになる。
それと、ふみさんが大学病院の後に受診したクリニックの先生は、ふみさんのことをわかってくれるわけですね。大学病院のお医者さんは、まず、そのわかってあげることができなかった。自分が人を刺したんじゃないかとか、いろいろ気になると言っても、なかなか通じにくい。そのお医者さんには、ふみさんの気持ちが通じていなかったわけでしょう。たぶん、同じことをチョコさんが治療を受けた先生に言ったら、理解度が違っていると思います。その辺、OCDの患者の気持ちがわかっている先生だと、ある程度、対処の方法を教えてくれるわけですね。



  ふみ  いまの先生は、もちろん行動療法について理解をしていますし、話も聞いてくれる、いい先生です。方針がこうだと決めていて、自信を持っているみたいです。僕が「だめだったんです」と言っても、「いや、それしかない」と言うし、「もう一度心理教育から教えてください」と言っても、「もうあなたには教えることはない、あとは自分でやってください」と言うんです。基本的なことだけ教えて、あとは僕が「やりました」と報告したら、「続けてやってください」という感じで、親切丁寧に細かくやってくれるという感じではないですけど、それがかえって僕にはいいのかもしれません。 僕はいつか、先生をギャフンと言わせてやりたいんですね。先生にはもちろん感謝していますけど、「ふみさん、だめです、がんばらなきゃだめです」という雰囲気だから、いつか、「ふみさん、がんばりましたね」と言われたいです。そのとき僕は、本当に病気に勝ったと思えるんじゃないかと思っています。




次回の座談会報告は、行動療法を自分で考え実践していったお話、治療を続けることができた、その原動力、今後の抱負などをお伝えします。


●注釈
*1 SUD―― 主観的不安尺度。自分が最も不安や不快に感じるものを100点、まったく不安・不快に感じないものを0点として、それに比べたら不安・不快の程度は何点かという点数で表す方法。認知行動療法で、よく用いられる。主観的不快尺度、不安の温度計などと呼ばれることもある。

*2 曝露反応妨害法―― 行動療法の技法である曝露と反応妨害を組み合わせたもの。曝露は、不安をもたらすものに直面しても、不安は自然に減って行くことを学習するというもの。反応妨害は、これまで行っていた強迫行為をしなくても、恐れたような危機は起こらず、過ごしていけることを、行動によって学ぶ。家族を巻き込んでいる場合、それも強迫行為になってしまっているので、そのような巻き込みを止めるというのも反応妨害になる。

*3 調べていました―― 調べることも、強迫観念の不安を打ち消して、安心したいために行い、やり過ぎるようなら、強迫行為になってしまう。同じ行為でも、その動機次第で、意味が違ってくる。たとえば、もし菌について怖くて、調べることを避けていた人が、積極的に怖いものの正体を見極めるために調べるのなら、その場合は、曝露に似た効果が期待できる。

*4 OCDの会―― OCDに悩む患者さんと家族の自助グループ。当事者の生活の質の向上や、OCDへの社会の理解を進めるために活動し、治療法の普及のために、認知行動療法の研修会も開いている。月例会は、熊本、名古屋、東京、広島でも行われている。
OCDの会ホームページ
http://ocd-2004.hp.infoseek.co.jp/PCindex.htm

●参考文献
『エキスパートによる強迫性障害(OCD)治療ブック』上島国利/編集代表 松永寿人、多賀千明、中川彰子、飯倉康郎、宍倉久里江/企画・編集 OCD研究会/編集協力  星和書店 2010年