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OCDコラム

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OCD研究会10年の歩みを振り返る



本サイトを主催しているOCD研究会は、OCD(強迫性障害)について研究する研究者、臨床に携わる医師などの専門家による研究会です。
1999年に第1回の研究会が開催され、その後毎年1回開かれ、2008年11月に倉敷で開かれた研究会で10回目となりました。
その開会の際、当サイトを監修していただいている上島国利先生(国際医療福祉大学 医療福祉学部教授)が、同会の10年の歩みを概説されました。
今回は、当日の上島先生のお話を紹介しながら、近年のOCD研究をめぐる歩みを振り返ります。
参考に、これまでのコラムのリンクも挙げました。


目次
§1 治りにくい病気だった「強迫神経症」
§2 OCD治療薬の登場
§3 OCD研究会が果たした役割
§4 OCD研究の今後


§1 治りにくい病気だった「強迫神経症」

「かつて、我々精神科医にとって、強迫性障害の方を診るというのは、大変なことだという思いがいつもありました。強迫性障害は、精神医学のなかでも最も治療困難な疾患の一つとされており、患者さんの治療には、大変な思いをされた先生も多かったことと思います。それにも増して強迫症状に悩まれる患者さんの苦しみは、いかばかりであったことでしょう」 (以下、色文字はすべて上島先生の発言より)

研究会の冒頭、上島先生は、このようにお話を切り出しました。強迫性障害は、本人にも不合理だとわかっている不安や不吉な考えが心に浮かび、それに行動が支配されてしまう病気です。実は、このような心の症状があるということは、何世紀も前から世界で知られていました。

OCD研究会が翻訳した専門書『強迫性障害』によれば、古典的なOCDとみられる症状の記述は、16世紀の文献にも登場しているそうです。よく知られる文学作品の中では、17世紀初頭に書かれたと推定されているシェークスピアの戯曲『マクベス』があります。この戯曲に登場するマクベス夫人の行為は、強迫的な手洗いの描写の一例と考えられています。

侍医  何をしておられるのだ? それ、手をこすり合せておいでになる。


侍女  いつもあんなことをなさいます。きっと手を洗っておいでなのでございましょう、いつもですと、このまま15分くらい。


夫人  まだ、ここに、しみが。
(中略)


夫人  消えてしまえ、呪わしいしみ! 早く消えろというのに! 一つ、二つ、おや、もう時間だ。
(以下略)
(『マクベス』第5章より 新潮文庫版 福田恒存/訳)



それにもかかわらず、20世紀も終わりに近い1990年代まで、OCDの有効な治療法は確立されていなかったのです。

もともと心の病気は、体の病気のように病気の原因を特定しやすいものではないため、その発病原因については、さまざまな見地からの研究が行われてきました。精神医学が確立しはじめた19世紀には、脳の働きの異常によるものとする説もありましたが、性格傾向や、家族との関係など人格の形成過程にあるという学説も有力であり、20世紀になっても心理学的病因論が論議されていました。

OCDも、20世紀末までは神経症のひとつに分類され、「強迫神経症」と呼ばれていました。その時代、他の神経症に対しては効果を示した心理療法などが、強迫神経症にはあまり有効ではなかったこともあり、強迫神経症は、治りにくい病気とされていました。

*参考
⇒第16回コラム 「OCDになりやすいタイプってあるの?OCDと性格の関係」
⇒第17回コラム 「“強迫神経症”が“強迫性障害”になったのはいつから?」


治療法が確立されていなかったために、患者さんは苦労しながら、症状と折り合って日常生活をやり過ごす方法を工夫したり、民間の心理療法や心身調整法などを利用して心理的な安定を図るという方も少なからずいました。病院の調査統計に上がってこなかったために、OCDの有病率は、実際よりもはるかに少ないと考えられていたのです。(*1)

では、OCDの治療に劇的な変化がもたらされた背景には何があったのでしょうか?



§2 OCD治療薬の登場

心の状態に対して、ある種の化学物質が薬理作用を及ぼすことがわかってきたのは、1950年代のことでした。これ以降、精神状態に対して効果のある薬物が次々に開発され、臨床試験を経て、より副作用の少ないものが実用化されていくという精神薬理学の歴史が始まりました。

1980年代に入ると、人間の脳に感覚の刺激が伝わり、思考や感情となって生成される仕組みが、少しずつ解明されてきました。膨大な数の神経細胞がネットワークを作って働き、そこに、さまざまな神経伝達物質が関与していることがわかり、特定の化学物質が脳内のどの神経伝達物質に対して働くのかも、部分的にわかってきたのです。

「難治性とされたOCDにも、治療薬が開発されてきまして、抗うつ薬の中でも、セロトニン再取り込み阻害作用の強いクロミプラミンがOCDに効くということがわかってきました。FDA(アメリカ食品医薬品局)によって、クロミプラミンが世界初のOCD治療薬として認可されたのは、1990年です。当初アメリカでは、クロミプラミンは、OCDにしか適用がありませんでした。

その後、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)もOCDに有効ということがわかり、SSRIのフルボキサミンが、1993年にカナダとスイスで、1994年にアメリカで認可されました」

クロミプラミンは、他の抗うつ薬やプラセボ(臨床試験で使用する、薬効のない偽薬)と比べて、明らかに強迫症状に対して有効性があるということが、多数の臨床試験で実証されました。その作用機序は、セロトニンという脳内物質の働きにかかわることから、強迫症状の原因はセロトニンの機能障害にあるのではないかという仮説(セロトニン仮説)が提唱されました。

*参考
⇒OCDとは? ⇒OCDの原因

しかし、クロミプラミンは、多くの患者さんにとって副作用が強く、長期間服用することが難しいのが欠点でした。その後、さらに選択的にセロトニンに対して作用する薬としてフルボキサミンが開発され、その有効性が、多くの大規模臨床試験で実証されました。フルボキサミンは、クロミプラミンに比べると副作用が穏やかなのも利点でした。

これを受けて、日本でも患者さんを対象にした臨床試験が行われ、その結果、1999年、日本では初めてのOCD治療薬として、フルボキサミンが認可されました。現在では、フルボキサミンを中心にした薬物療法と認知行動療法の併用が、OCDに対する標準的な治療法とされています。



§3 OCD研究会が果たした役割

「このような経緯の中で、1999年に、OCD研究会を立ち上げました。第1回の研究会は、2000年2月、金沢で行われました。金沢大学医学部の越野好文先生のご協力で、ゲストとして、イスラエルからジョゼフ・ゾハー先生をお呼びしました。ゾハー先生は、世界のOCD研究を牽引している先生です」

第1回のOCD研究会は、ゾハー先生の特別講演のほか、山上敏子先生(行動療法権威。当時は国立肥前療養所 臨床研究部長)による、行動療法についての教育講演がありました。また、会員の先生方によって、12の症例研究が発表されました。

「このとき、ゾハー先生が持ってこられた著作をOCD研究会で翻訳し、『強迫性障害』(監訳:上島国利・越野好文)としてまとめました。ゾハー先生は今、国際的なOCDの研究組織を主宰しておられ、日本からも委員を出してほしいということで、研究会メンバーの松永寿人先生(大阪市立大学医学部)が、現在、委員として活躍しています」

この後、OCD研究会は毎年1回開催され、日本で唯一のOCDに特化した研究会として、研究や臨床の最前線にいる先生方が毎回、全国から100名前後集り、多くの研究発表と情報交換を積み重ねました。また、海外のOCD研究者をたびたびゲストに招いて講演を行いました。

2004年の第6回目からは、より実際的なOCD治療の最前線について研究発表をしてきました。特に関心の高いテーマについては、シンポジウムやパネルディスカッション形式での討論も行われました。これまでの10年間に発表された主な研究テーマを挙げると、下記のように、多岐にわたっています。

● 薬物療法について(有効例、副作用など)
● 認知行動療法について
● 薬物や行動療法が奏効しない難治例について
● 小児期、思春期、青年期の治療法研究
● 摂食障害、発達障害、うつ病などが併存する症例の研究
● 症状評価、診断基準の検討
● 疫学研究(出生順位、一般診療科・精神科受診患者中の有病率など)
● SPECTなどの画像による脳機能研究・神経生物学的研究(*2)
● 薬物応答性に関する研究(*3)
● 治療を補助する精神療法、生活指導
● 治療中の患者さんの生活の質について

これまでの研究会の内容は、毎年、OCD研究会/編『強迫性障害の研究』という本にまとめられ、星和書店より出版されています。



§4 OCD研究の今後

「今後のOCD研究・治療の方向性についてですが、遺伝子的に見た薬物応答性の予測ということも考えていかなくてはいけないと思っています。それから、ニューロイメージング(脳神経画像)が進歩し、最近ではNIRS(近赤外分光法)のような脳活動を計測する方法もあります。こうした脳に侵襲性を与えない方法で検査をするということについても研究が必要になるでしょう。

大規模な臨床試験による治療効果研究も、今後の課題です。さらに、世界ではDSM(アメリカ精神医学会の精神疾患の分類と診断の手引)が、第Ⅳ版からⅤ版へ移行するという新しい動きがあります。そこで私たちは、日本版のOCDの治療ガイドラインをどう作成していくかについても取り組んでいきたいと思っています」

言うまでもなく、脳と心の仕組みに関する研究は、人類にとっての課題でもあり、世界的に途上にあります。たとえば、強迫症状にはセロトニン系だけでなく、他の神経伝達物質や神経回路も関連していることが推測されています。脳内物質への薬理作用に関する遺伝子学的な研究も、OCDの治療法に貢献してくれる日が、いつか来るかもしれません。

洋の東西を問わず、古くから共通した症状群として知られてきて、ある人々を苦しめてきた「強迫」という病理。この病気は、なぜ起こるのでしょうか。また、どうすれば治療できるのでしょうか。人類が、「強迫」という心の病から解放される日はいつ来るのでしょうか。OCDについての研究は、まだまだ発展することでしょう。OCD研究会の先生方の、今後のご活躍を期待しましょう。

なお、当日は上島先生より、このサイトについても紹介がありました。本サイトは、OCD研究会の活動が始まった後の2003年にオープンしました。それ以来、2008年11月までに、総アクセス数は530万を超え、月平均で10万ものアクセスがあります。これまで述べたように、OCDは、最近になって治療法の研究が進んだ病気ですので、少し前まで、患者を治療したことがなかったというお医者さんも珍しくはありませんでした。患者数は決して少なくはないのですが、軽度の方では家族にも知られないまま過ごしている場合も多く、一人で悩んでしまう方も少なくありません。OCDについての正しい情報の啓発が、まだまだ必要とされています。



*注釈

*1――1984年の調査まで、OCDの有病率は、人口の約0.05%とされていた。
⇒第1回コラム 「OCDの患者さんは世界に1億人いる」


*2――脳の病気の診断に使われる脳画像技術で、脳内の血流や温度などの変化を観察できる。SPECTは放射性物質を使用した画像診断法。NIRSは近赤外線の反射光による脳機能の計測法。
⇒第4回コラム 「画像研究でここまでわかった! OCD発症のメカニズム」


*3――抗うつ剤は人によって効果がある人とない人がいる。特定の薬物がその人に対して効果があるかないかを、遺伝子の違いによって予測できる場合がある。



OCD――症状が認知されてから今日までの研究の歩み



*参考
『強迫性障害』 スチュアート・モンゴメリー、ジョセフ・ゾハー/著 OCD研究会/訳 上島国利・越野好文/監訳 MARTIN DUNITZ刊 2000年 『強迫性障害 病態と治療』 成田善弘/著 医学書院 2002年
『こころの科学104』 [特別企画]強迫 「強迫神経症から強迫性障害へ」 松永寿人/著 日本評論社 2002年
『強迫性障害の研究』(1)~(9) OCD研究会/編 星和書店 2001年~2007年
星和書店ホームページ