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OCDコラム

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OCD体験者座談会
第1回 症状の嵐にとまどった日々


「私のOCD体験記」に応募してくださった方の中から、
お互いに会って話をしてみたい、という声が上がりました。
同じ病気を体験した者同士、心置きなく話し合って、互いに力をもらいたい。
一人で悩んでいる仲間にも、声を届けたい。

そんな思いを持ったメンバーが、2007年6月30日土曜日、
初めて顔を合わせました。

これから、座談会の記録を数回に分けてご紹介していきます。
同じ病気を体験した者でなければわからない悩みや、
生活改善のためのヒントが、たくさん盛り込まれた座談会となりました。



司会 ●有園正俊さん (46歳・東京都 OCDお話会主宰、精神保健福祉士)
OCDコラム第23回に登場
 
参加者 高橋さん (25歳・東京都)
優さん  (仮名・学生)
南雲明彦さん  (22歳・石川県  インターネット高校職員)
OCDコラム第32回に登場

OCDコラム第35回に登場


 
!注意
  • お話の中に出てくる出来事は、それぞれの方の実体験に基づいたものです。
  • 医療の現状につきましては、時代や地域の違いにより、状況が異なる場合があります。
  • 症状への対処法につきましては、それぞれの方で条件が違いますので、誰にでも応用ができるものではありませんし、決して自己流の判断を推奨するものでもありません。その点にご留意の上、お読みください。


■それぞれのこと

司会の有園正俊さん

有園  皆さん、今日は本当によくお越しくださいました。まず簡単に、今日の会の目的からお話しします。実は、私も元OCD患者なのですが、こんなふうにOCDの患者さんが集まって座談会をやるというのは、私は見たことがないんです。神経症の団体で、森田療法*1生活の発見会*2というものがあり、そういう人たちは、もしかしたら会議や座談会もするかもしれないのですが、強迫性障害でこういう座談会というのは、私は聞いたことがありません。ですので、けっこう画期的な企画だなと思っています。とりあえずは、皆さんが会って話をするということだけでも、意義があるのではないかと思います。
今日は、私が司会ということになっていますが、皆さんが対等の立場で、気が付いたことがあれば遠慮なく言っていただいてけっこうです。では、自己紹介からいきましょう。まず私からお話しします。
私は今、46歳なんです。皆さんのように若い時期もあったのですが。私が病気になったのは29歳の時です。病気になった当初、強迫性障害という病気のことは全然知りませんでした。当時、フリーランスでイラストの仕事をしていて、自宅は東京の杉並区だったのですが、都心の会社まで仕事の納品や打ち合わせをして帰るのに、普通なら1時間ぐらいで帰れるところを、確認のために3時間とか4時間かかってしまいました。行きは、遅刻してはまずいので、帰りよりは短い時間で済んでいました。それで、これではとてもじゃないけど仕事などできないということで、仕事を中断するようになりました。
確認がひどくなったため、やがてゴミも捨てられなくなりました。ゴミを捨てるのにも確認するようになってしまったんです。ゴミを溜め込むと、今度はカビが生えてしまって、カビが生えると不潔ですから、今度は自分が不潔に思えて、不潔なのは迷惑だから、銀行などに行くにもカビだらけの部屋から出て行ったらまずいし、カビを媒介にして人に迷惑をかけてはいけないと思うようになって、手も過剰に洗うようになりました。消毒をしたり、菌にも気を使うようになりました。そういうことで、一時はもう、本当にどう対処すていいのかわからなくなり、外に出られなくなりました。
だけど、このままではいけないと思いまして、1カ月ぐらい経ってから、外に出るようにしたんですね。少しずつ散歩をしたり、ゴミもそれ以上溜まってはいけないと思って、少しずつ捨てるようになりました。そうこうしているうちに1年ぐらい経ちましたが、それでもまだ仕事には復帰できなかったんです。
それで、1年ぐらい経った時に、森田療法というものを知ったんですね。当時は今のようなお薬や認知行動療法*3もなかったので、森田療法を参考にしました。私は、デザインやイラストを仕事にしていても、もともとは理系だったものですから、森田療法のやり方を自分に合うようにアレンジしながら、だんだん治していったということです。そうして何年か経ったら、症状は無くなりました。
その後、当初は家の事情もあって、全く畑違いの仕事をしていましたが、しばらくしてからデザインのほうにやっと復帰しました。だけど、復帰しても、ちょっと合わないな、と思い、やはり自分が精神の病気で困った経験があるのだから、精神福祉の仕事をしたいと思うようになって、精神保健福祉士の資格を取って、今に至っています。では、高橋さんからお願いします。

高橋さん

高橋  そうですね。今思うと、自分が病気になったのは、小学6年生か中学1年生の頃ですね。最初は強迫性障害ではなく、過敏性腸症候群*4から始まりました。中学生の頃にそういうことがあると、学校に行きたくなくなるじゃないですか。それで学校に行かなくなって、高校は通信教育になりました。それで、高校の保健体育の教科書を読んでいたら、自分と同じ病気が載っていたので、すぐに心療内科に行ったんです。その時からずっと通院しています。
最初は過敏性腸症候群の治療をしていましたが、いつからか強迫性障害になって、今は2つの治療をしています。ほとんど変わらずここまで来たという感じです。僕の強迫は確認がメインです。

有園  では、優さん。

優     僕は小学校3年生の頃に、無性に手を洗い続けてしまっていた時がありました。それは気づかないうちに治っていたんですね。今思い返してみると、強迫症状だなと、振り返ってみて思ったのは、まず高校2年の時に、髪型とかを意識する年齢になって、髪型が変なんじゃないかとすごく気にしていた時がありました。あと、中学生の頃にいじめられていたんですよ。外見に対してひどく言われたりしていたので、自分自身が不細工だというような感じになってしまって。醜形恐怖(BDD)*5という病気がありますね、ちょっとあんな感じになってしまって、自分の顔が変じゃないかどうかを人に確認するようになりました。それが高校2、3年生頃です。
高校を卒業してからがひどくなり始めて、何かしているときに、頭に不安な言葉が浮かんだりすると、文字を書くのをやり直したり、繰り返し行動みたいなことをしていました。その症状が軽くなってきた頃に、不潔恐怖が出てきました。まず、お風呂に3時間もこもりきりになるようになって。3回以上、全身を洗うんです。それで、外に出てタオルで拭くと、そのタオルがちょっとでも汚れていたり、シミみたいなものがあったりすると、もう1回入浴したり。お風呂が一番ひどかったですね。
「どうにか治さないと!」と思って、僕もやはり森田療法を自分流に作って、「お風呂は2時間で出よう」とか、「絶対に2時間で出て、あとは我慢しよう」ということをやって、だんだん1時間半、1時間、30分と減らしていって、元の時間に戻せました。
OCDって、人に確認すると悪循環になると、よく言われますよね。たとえば頭が汚いような気がして、「臭くない?」とみんなに聞いて、「臭くないよ」と言われても、またそれを聞いてしまう。そういうことをしていると、癖になってしまうことがあると聞きます。でも自分の場合は、周りに確認をしてよくなっていったほうなので、確認することも大事だなと思います。ただ、やはりあまりしつこくすると、友人や信頼している人達で、離れていってしまった人もいますし。今もずっと友達でいてくれる人もいるんですけど。やはり確認をして、大丈夫だと認識して治すということがとても大事だなと思っています。今は治りました。もう気にせずに生活をしています。

有園  では、南雲さん。

南雲明彦さん

南雲  僕は、最初は高校2年生の秋に、医者からうつ病と言われまして、その半年後くらいから不潔恐怖がすごく出たんです。たとえば布団の中にいて、ちょっと周りのものを触っただけでも汚れたんじゃないかと思って、すぐ洗面所に走る。不潔恐怖でいっぱいで、家からは出られなくなるし、布団にもぐって、とにかく寝るしかなかったですね、細菌を避ける方法は。ただひたすら寝るしかない。睡眠剤とか、薬をガンガン入れて寝るしかないという状態が続きまして。精神科や心療内科に行ったんですけど、そこの対応が、追い打ちをかけるような対応だったんです。「なんで君、こんなに元気なのに病院に来るの?」と言われて、大変ショックだったことを覚えています。

有園  お医者さんがそういうことを言うんですか。

南雲  はい。「なんでそうやって言い訳ばかりするの?  それだけしっかりしゃべれて、自分の症状も話せるのに」とか、「別に気にすることはない。君より症状が重い人はたくさんいます」と。でも、「じゃあ、気にしないようにします」で治っていたら、病院に行っていないと思うんです。

有園  それではお医者さんに行った意味がないですね。

南雲  やっと病院までたどり着いたのに、と思いました。そういういうことが多かったので、僕の場合は病院に行くことを避けるようになりました。今でも症状が出ることはあります。でも、どこで症状が出やすいのかとか、自分の状況を自分で把握して対処していけば、なんとかなるものだとわかったんです。外に出ているときは比較的出にくいので、少しでも外に出ている時間を長くしようとか、そういうちょっとした工夫を自分でやっていきました。もちろん、不潔恐怖のない人と比較すれば、疲労感は大きいだろうとは思います。
実は、1年ぐらい前に、NPO法人のEDGE*6というところに出会って、そこは発達障害*7のひとつのディスクレシア*8について啓発活動をしている会なのですが、ディスクレシア、読み書き障害ですね、僕がまさにそれだったということがわかったんですよ。僕はずっと、ノートがとれなかったんです。すごく忘れっぽくて。思い返してみたら、高校2年生で引きこもりになったときも、別に友人関係がこじれていたわけでもなんでもないんです。先生にはからかわれたりはしていたけど、そんなひどいことをされていたわけじゃないし、何なんだろうと思って、全然原因がわからなかった。原因がわからないだけに、対処法もわかりませんでした。
1年前にEDGEに行って、ようやく原因がわかりました。僕はノートをとるときも、黒板を何回も見ては、きちんと書けているか確認したりしていました。それでもたくさんミスがあったりして、「自分は本当に馬鹿だな」とか「努力不足なんだな」って、ずっと思っていました。それが不登校や引きこもりのきっかけになった可能性が高いと思います。
その後はもう、何か自分の中が、頭の中も何もかも、汚いと思い始めて。自分から出る痰とか鼻水とか汗とかが、すべてもうダメで。だから、寝ているしか生きて行く手段がなかったんです。大袈裟な表現かもしれませんが、それくらい切羽詰まっていました。外に出たら、手を洗える場所がちゃんとわかっていないといけない。しかも、水道があるところが明るいところじゃないとダメなんです。ちゃんと洗えているかどうかわからないから。それこそファストフードで食事をしたいけれど、きれいな所に行かなきゃ、とか、そんなことを考えていたら、それだけで外に出ていても苦しくなってしまいます。でも、何とか周りの方々のおかげで、今は強迫性障害の症状は軽くなってはいます。

優     NHKの番組*9を見ました。あまり覚えられない、読み書きができない人が出てきて、その人もそういう感じで、今頑張っていると言っていました。

南雲  強迫性障害は発達障害の二次障害としても発症することがあるのですが、僕もまさにそれに該当していたんです。でも、こればっかりはどんなに治そうとしても治らないやと、逆に開き直って、共存してもう一人の自分がいるみたいに思って生きているほうが楽かなと。変に抑えつけるよりも、居心地がよくなります。
全部が全部について強迫観念があるわけではないのですが、今、職場にいても出るんです。いろいろ浮かんでくる。僕は消しゴムが使えないんです。消して出たカスを払ったつもりでも、きれいに払えていないとすごく嫌だし。カスを集めて払いますよね、それがちょっとでも手についているんじゃないかと思って、もう、ワーッとなる。一時期は手からカスを払いすぎて、手垢が出たりもしましたね。その手垢もすごく気になったりして。手を洗わないように、洗わないようにしていても、やはり気になるので、手をこすったりするんですね、無意識に。

有園  消しゴムについての強迫は何歳ぐらいからですか。

南雲  高校2年の頃からです。

有園  学生時代にそれだと大変ですね。

南雲  今でもそうなので。みんなが当たり前にやっていることができない。これは困ったなと。だからなるべくボールペンを使ったりしています。これまで無理をしてもいいことがなかったので、なるべく代替案を考えて行動するようにしています。

 
 
■症状が起こった頃のこと

有園  高橋さんは、昔から強迫の症状があったんですか。

高橋  昔からですね。小さい頃に家が火事になって、それからかなと思います。毎日、夜中の2時、3時に1時間ごとに起きて、台所を見て、ガスコンロを確認していました。同じ点検をしないといけない。コンロのスイッチはロックになっているんですけど、それをカチッとやって、「点かないかな」と。で、またカチッと開けて、それを繰り返し続ける。

優     コンロもありますね。ねじりすぎて壊れちゃったり。どう考えてもオフになっているのにオンになっている気がして、「あれ?」みたいな。でも、それはまだ一番軽かった時でしたね、僕の場合は。

高橋  なんか疑う感じなんですよ。ロックしても点くんじゃないかと。火が見えていないのに、点いているな、みたいな。それで、部屋を出るときに電気を消して。暗ければ、もしコンロが点いていたらわかる。だから消して、火がついていないのを確認してしまう。

有園  高橋さんは過敏性腸症候群もあったんですね。

高橋  そうです。

有園  私も一時、そうだったんですよ。私は29歳になるまで、まさか自分がこういう病気になるとは思わなかったんですね。皆さんは、病気になるまでは、そういうふうになるとは思わなかったタイプではないでしょうか。それとも、もともと神経質で緊張しやすいというようなことはありましたか。

優     普通の子でした。本当に普通の子。

高橋  僕は緊張しやすかったです。

有園  私も自分ではそうは思わなかったんですけど、他の人に言わせると、やはり緊張しやすい面があったかなとは思います。ただ、まさか病気になるとは思わなかったですね。南雲さんは、1年前までは自分が発達障害だということは知らなかったんですね。

南雲  全然知らなかったです。「発達障害」という言葉すら知りませんでした。たまたま自分の恩師が「障害について支援しているNPO団体があるから一緒に行かない?」と言うので、EDGEに行ったんです。その恩師も、読み書きが困難だということを全然知らなかったんです。僕は書いているふりだけしていたので、気づかれにくかったのかもしれません。
EDGEは、読み書きが困難な方々を支援しているNPO団体で、そこにトム・クルーズとか著名人の写真が載っているポスターがあって、「この人たちはノートがとれず、読み書きが困難だったけど成功した人達なんだよ」と言われまして。「僕もノートを取れないんですよ」と言ったら、そこから何かとおつきあいが始まりました。
よかったのは、やはりそういう人もいるんだな、とわかったことです。そして僕の場合、EDGEの代表者の方に本当に温かく接してもらえたことが、不潔恐怖が消えていく一つのきっかけにもなりました。僕も、一生懸命ノートをとっていたつもりでも、いつもはみ出していたり、まともなノートじゃなかった。今でこそメモ程度は書けるようになりましたが、それまでは本当に全然書けなくて、どうしようかと思っていました。

有園  発達障害という言葉は知らなくても、何かおかしいなとは思っていたんですね。

南雲  思っていました。でも、言えなかったですね。ノートがとれないなんて、バカなんじゃないか、それは自分の頭が悪いんだと思ったし。強迫性障害のことも、小さなことばかり確認しているなんて、口が裂けても言えなかったです。

有園  小さい頃からそういう症状がある人もいるのですが、中には、自分がどういう状態なのかわからなくて悶々としている人もいると思います。皆さん、どの辺で自分が強迫性障害だとわかりましたか。高橋さんはネットで見たそうですね。

高橋  強迫性障害がわかったのはネットからです。最初は、自分がただ神経質だから確認しているんだなという認識でやっていたのですが、だんだんひどくなって。最初はコンロとか、家のドアとか、ちょっと遠めのものから確認し始めて、だんだん身近なものになってきて、これはおかしいということで調べて、ネットに行き着きました。

有園  優さんはいつ頃から自分が強迫性障害だとわかりましたか。

優     一番ひどかった時、僕はワープロを打つことや文字を書くことを何度もやり直していました。それはなぜかというと、ワープロを打ったり文字を書いている途中に、考えもしないような不安な言葉が頭に浮かぶというか、そうすると書き直してしまったり。これも今は治ったんですけど、本当につらかったですね、泣きながらやり直してました。
そのときに、たまたまパソコンの検索で「頭に  浮かぶ  不安」と打ったら、『小さなことが気になるあなたへ』というサイトが出てきて、そこで初めて「ああ、これは病気なんだ、治るんだ」と思って。それまでの間、「これって何なんだろう?」と、もう、暗闇を手探りしているような感じで、本当にすごく不安でした。すごくつらい時期だったからこそ、それが発見できてよかったんですけど、そこからがまた始まりみたいな感じでした。

有園  私の場合も、昔だったということもあるのですが、自分が何の病気かわからなかったので、自分と同じ症状の人のことが書いてある本を読んで、すごくホッとした思いがありました。当時は強迫神経症という名前だったわけですが、その人がちゃんと治ったかどうかはわからないけれど、治るような、ちょっと希望が見えるような書き方がされていたので、「あ、これで治るのかな」と思いました。そこからはまたけっこう苦痛だったのですが、そう思ったという覚えがあります。
優さん、不安な言葉が浮かぶというのは、けっこう頻繁に浮かぶ感じですか。

優     かなりの頻度ですね。何かするたびに、たとえば扉を閉めるたびに、不安な言葉が浮かぶというか。

有園  それは症状の名前で言うと、侵入思考*10ではないかと思います。強迫性障害の症状でも多いのはやはり確認とか潔癖ですが、侵入思考の人も、ある程度の割合でいるわけです。ただ、侵入思考というのは、行動療法で行われる曝露*11ができにくいので、治らないで苦しんでいる人も多いようです。優さんは、その症状は今はすっかり改善されたんですね。

優     はい。それはもう徹底的に、泣いても何をしても無視することを、半年間続けたんです、頑張って。周りの人に、「もし、危ないことを自分が口に出していたとしても、実際はそんなことを思ってはいないんだけど、もしかしたら言っているかもしれないから、そのときは教えてね」と言いました。それを周りの人に言って以降、一切、自分ではやり直しをしなくなって、その後気づいたら、もう治っていました。

有園  そういう不安な考えというのは、自分にとってどうでもいい人に対しては浮かばないですよね。

優     自分にすごく近い人にですね。あとは、面接をする時に面接官に失礼なことを言ったんじゃないかと、それに悩まされた時期もありましたね。

有園  強迫性障害の特徴として、本来の自分とは違うことをしなければいけないとか、自分でおかしいとわかっているのにやらなければいけないというのがつらいところですね。その優さんの思考も、本来自分はそんなことを言うわけがないし、そんなふうに考えたりはしないのに、そう思ってしまうわけですね。
高橋さんは、お薬は飲んでいるんですね。

高橋  飲んでいます。

有園  OCDになってから何年ぐらいですか。

高橋  高校1年の16歳のときからですから、もう25になったので9年ぐらい。

有園  答えたくない質問には答えなくてもかまわないのですが、お薬は抗うつ剤やSSRI*12ですか。

高橋  いや、もともと過敏性腸症候群で治療を始めたので、抗不安薬をもらって、途中に抗うつ剤系ももらったんですけど、あまり変わらなかったんです。自分の場合、抗うつ薬はあまり効きませんでした。

有園  たとえば、うつみたいになった経験はありますか。

高橋  高校生の頃にはありました。最近はもう、それはないです。

有園  私は、病院には全然行かなかったんですね。私が病気になった頃は、行ったとしてもSSRIのような薬はない時代でしたから。同じ頃にパニック障害になった人に聞いた話でも、やはり当時は抗不安薬をくれた程度で、その人も「効くのかな」と疑問に思っていたから、たぶん効かなかっただろうと言っていました。その頃の人は、お医者さんに行ったとしても自己流で対処したという人が多いですね、時代的に。高橋さんも、最初に行き始めた頃はまだSSRIなどはなかった時代だったので、そういう感じだったのではないかと思います。

(次回に続きます)

 
●今回のコメント――――(有園正俊)

強迫性障害は、医療機関に受診するまでに月日がかかる人が多い病気で、何年間も悶々として過ごす方も多いものです。そこで今回は、発病から医療機関に受診する前までを主に話した部分を取り上げました。
医療の専門家の方から見たらおかしい部分もあるかもしれません。でも、4人とも、それぞれの時点で真剣に考えていたことの軌跡です。
強迫性障害の人は、自分の判断に自信がなくなり、ほんの小さな「もしものミス」が気になって、踏み出せないことも多いのです。ですので、今回の内容は、参加者それぞれの判断の正否よりも、読者の皆さんに「あれこれ悩むのはあなただけではない」ということがまず伝わってくれれば、と思います。




●注釈

注)――以下の注釈は、座談会でのお話の内容をわかりやすくするために作成されたものです。参考にとどめてください。


*1 森田療法――          慈恵医大精神科の教授だった森田正馬(もりた・まさたけ)が、1919(大正8)年に編み出した精神療法。対人恐怖や広場恐怖などの恐怖症、強迫神経症、不安神経症(パニック障害、全般性不安障害)、心気症などを治療の対象にしている。不安や恐怖の症状をありのままに受け入れながら、できることを行い、生活行動を修正していくもので、現在も取り入れている病院がある。

*2 生活の発見会――    森田精神療法理論に基づいて悩みを克服した人たちが、互いに助けあいながら悩みの解決をはかっていく会。1970年に発足し、集談会、懇談会などの活動を行っている。現在ではNPO法人として全国に150か所を越える集談会があり、約4000人の会員がいる。
→NPO法人生活の発見会  http://www.hakkenkai.gr.jp/

*3 認知行動療法――    精神療法のひとつ。問題行動を分析して、段階的に目標を設定し行動を変容させていく「行動療法」と、ものの考え方、受け止め方の歪みに働きかける「認知療法」を統合したものの総称。OCDの治療には、苦手と感じて恐れていたことにあえて立ち向かい、その不安を打ち消すために行う強迫行為をあえてしないようにする「暴露反応妨害法」が有効とされている。
→「OCDの治療法/行動療法」  http://www.ocd-net.jp/cure/03.html

*4 過敏性腸症候群―― 腸に炎症などの病変がないのに、強い精神的不安や緊張によって腹痛や下痢、お腹が張るなどの症状が起こる病気の総称。

*5 醜形恐怖(BDD)――外見上の小さな欠陥、あるいは想像上の欠陥にとらわれ、精神的苦痛を引き起こしたり、社会生活に支障が出る病気。現在、DSM-IV-TR(精神疾患の分類と診断の手引4新訂版)では、身体醜形障害(BDD: Body Dysmorphic Disorder)と呼ばれている。

*6 EDGE――               ディスクレシアに対する正しい認識の普及と支援を目的とした非営利団体。
→特定非営利活動法人EDGE  http://www.npo-edge.jp/index.html

*7 発達障害――           発達期(おおむね18歳未満)に、脳の機能的な問題が原因で起こる障害。幼少時に障害が発現しても、適切な療育と支援により、その人らしい生活を送ることができる。知的障害、広汎性発達障害(小児自閉症、アスペルガー症候群など)、注意欠陥多動性障害(AD/HD)、学習障害(LD)など、障害のあり方や程度は多種多様で、必ずしも知的障害を伴わない。かつては知的障害以外は福祉の対象にはなっていなかったが、2005年に「発達障害者支援法」が施行され、2007年には特別支援教育が教育法に定められ、公的支援の対象になった。
→日本発達障害者ネットワーク  JDDNET http://jddnet.jp/
→文部科学省  特別支援教育に関すること  主な発達障害の定義について
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/004/008/001.htm

*8 ディスクレシア――   学習障害のうち、とくに読み書きに困難を伴う障害。

*9 NHKの番組――       福祉番組「ハートをつなごう」(月~木  夜8:00~8:29のうち随時)。発達障害について度々取り上げており、2007年4月30日、5月1日放映の「大人の発達障害」に、南雲明彦さんが出演した。 →NHK「ハートをつなごう」  http://www.nhk.or.jp/heart-net/hearttv/

*10 侵入思考――        心理学の用語で、本人の意思とは無関係に、侵入的に心に考えが浮かぶこと。

*11 曝露――               認知行動療法の一手法。エクスポージャーとも言う。苦手と感じて恐れたり避けたりしてきたことに、あえて立ち向かうこと。

*12 SSRI――              抗うつ剤の一種で、OCDの強迫観念や強迫行為に対する治療効果が認められている。
→「OCDの治療法/薬物療法」  http://www.ocd-net.jp/cure/02.html



●参考文献:
『DSM-IV-TR  精神疾患の分類と診断の手引  新訂版』  医学書院  2005
『強迫性障害』  スチュアート・モンゴメリー、ジョゼフ・ゾハー/著  OCD研究会/訳
『強迫性障害の治療ガイド』  飯倉康郎/著  二瓶社  2002
『強迫性障害  病態と治療』  成田善弘/著  医学書院  2005
『好きになる精神医学』  越野好文、志野靖史/著  講談社  2005