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【私のOCD体験記】 第4回 タカハシさん
彼女と2人で見た『恋愛小説家』


思春期に心の病気を発病したら、進学や、将来の進路のことが心配です。
楽しいはずの青春時代に、自分はどうなるのかと、暗い気持ちになる人もいることでしょう。
でも、青春はみんなに平等に訪れます。
若者は人と出会って、大人へと成長していきます。
タカハシさんの過ごした長い年月には、参考になることがいっぱいです。

1. 僕の強迫症状
2. 確認と配置へのこだわり
3. 過敏性腸症候群
4. 確認の始まり
5. ネットで広がった交友
6. 彼女とのつきあいをきっかけに
7. 暗さから抜け出して
8. 2人で見た『恋愛小説家』

 

1. 僕の強迫症状

強迫性障害と一口にいっても、いろいろな症状の人がいると思います。僕の主な症状は、持ち物の確認と、配置へのこだわりです。今一番自分をつらくしているのは、持ち物の確認行動です。特に、財布の中に入っているお札やカードが気になり、何度も確認をしてしまいます。

カードは財布の右側に7枚入っているのですが、7枚数え終わると、「あれっ?」と。なんというか、記憶できていないような感覚なのです。それでもう一度、数えてしまいます。カードもお札も大事なものなので、もしなくなったらと考えると不安になり、確認してしまうんだと思います。バッグの中にはほかのものも入っていて、それも確認はしますが、財布ほどには時間がかかりませんから。

財布はいつも部屋の中の決まった位置に置いてあるのですが、外出するときは、バッグにしまう前に確認し、外に出たらまた、バッグにしっかり財布が入っているかを確認します。友達の家やファミレスにいるときも、気になったら確認します。電車に乗るときもホームで確認し、乗車時間が長いときは、車内でも確認します。家に帰ったら、決まった場所に置く前に、全部揃っているかどうかを確認します。

この最後の確認の時間が一番長く、1回で10分から15分ぐらいかかります。部屋に立ちつくし、ずっと財布を眺めながら、お札と小銭の枚数を確認します。そのために時間を無駄に使ってしまいます。確認している間、考えがほかのことに行ってしまうと、もう一度やり直しです。

困るのは、人がいる所で財布を出すときです。銀行でお金を下ろしたら、僕にとっては一番不安な時間の始まりです。ずっとATMの前にいるわけにはいかないので、とりあえずお金を財布に入れてから、近くのソファや邪魔にならないところに行って、そこで確認をしています。

以前、専門学校に通っていた頃、飲み物を買った後に財布の中身を確認していたところ、講師に「どうした?  大丈夫?」と尋ねられたことがありました。そのときは、何もなかったようにバッグの中に財布を戻し、それから物を探すふりをしながら確認をしました。やはり他人から見たら、ずっと財布をみつめて数を数えている自分は、変に思われてしまうでしょう。

 

2. 確認と配置へのこだわり

確認するのは財布や大事なものだけではありません。本やインターネットの記事を読むときも、きちんと読めたかどうか確認するため、けっこうな時間を費やしてしまいます。人に電話番号やメールアドレスを教えるときも、一度書いたものが間違っていないか、見直しては消して、書いて、声に出して確認し……と、繰り返します。

それから僕には配置へのこだわりがあり、何でも縦・横・左右対称に揃っていないと気が済みません。財布の中のカードも、財布のへりと平行に揃って入っていないとだめなのです。部屋の中では、すべての物の縦・横がしっかりと整っていて、何かに対して左右対称です。たとえば、テレビに対して左右対称のスピーカーなどは、定規でミリ単位で測って並べています。

パソコンのキーボードとマウスの間隔も揃っています。使っていると位置がずれるので、15分か30分ごとに直しています。自分でもバカみたいだなと思いますが、直さないと落ち着かないんです。画面上のブラウザの位置も、ピクセル単位で揃えます。友達に自分のパソコンを使わせると、みんなキーボードの位置を変えようとします。友達には、全員に僕がこういう病気だということを言っていないので、ずらされるとけっこうつらいものがあります。

僕は、自分に関することは全部記憶していないとだめなんです。財布には今、何がいくつ入っているか。部屋の中に置いてある物もすべて、何がどこに置いてあるか把握しています。汚れに対するこだわりは軽いほうですが、気になるととことんやらないと気が済みません。部屋で髪の毛を一本でも見かけたら、すぐ掃除です。ロール式のクリーナーで、1日10回ぐらいコロコロやっています。こんなことでエネルギーを使って疲れるので、夜は8時間ぐらい寝てしまいます。

 

3. 過敏性腸症候群

小学生の頃、僕は神経質ではありましたが、友達をリードするような積極的なところもありました。小学4年のときに家が火事になったことがあり、怖い体験をした後、夜中に起きて3回も4回も台所に行き、ガスコンロがちゃんとロックされているか確認をした時期がありました。今思うと、その頃から確認という行為が僕のなかに根付いたのかもしれません。

6年生のとき、塾で勉強が進んでいたので授業がつまらなくなり、ぼうっといろいろなことを考えていて、いろいろ嫌な考えが浮かんでくるようになりました。もともと密室の中で椅子に座って集中して勉強するということ自体にもストレスが溜まっていました。そのうち学校に行くとおなかが痛くなり、緊張するとトイレに行きたくなりました。これが僕の病気の始まりでした。

内科の病院に行きましたが、原因はわかりません。でも、学校に行くと腹痛を起こします。中学生になると、授業中トイレに行くのはさすがに恥ずかしく、ついに中学1年の終わりごろから学校に行かなくなってしまいました。

その頃僕は、スケートとバドミントンをやっており、学校には行かないのに、週に1回は学校の体育館を借りて仲間とバドミントンをしていました。スケートに行くとそこで仲間ができるので楽しく、気もまぎれるためか、おなかの症状は出ませんでした。

中学校は不登校の子どもたちが通う民間の学校に通いながら卒業しましたが、高校に通うには、電車通学をしなければならないことが問題でした。症状がひどいときは、一駅ごとに降りてトイレを探さなくてはいけないからです。そこで高校は通信教育とサポート校に入学し、最終的には通信教育で卒業しました。

高校1年のとき、保健体育の教科書で「過敏性腸症候群」の説明を発見しました。「自分のことが書いてある、これだ!」と思って、すぐに心療内科に行きました。そのときは恥ずかしいという気持ちはなく、親に説明をして、お金をもらいました。それから初めて病気に対するしっかりした自覚を持つようになり、薬での治療が始まりました。

 

4. 確認の始まり

治療の効果はありました。というよりも、時間がたつにつれて、病気への慣れ方がわかってきた、という感じでした。相変わらず過敏性腸症候群の症状は続いていましたが、ちょっとでも緊張したら電車を降りてゆっくりしたり、こういうときには事前にこうしておけばいいとか、だんだん対処の仕方がわかってきました。

しかし、高校を卒業するあたりから、今度は確認の症状が出てきました。もともと神経質で、つねに自分の身の回りのものに気を使っていましたが、日に日に慎重さが増してきて、物を確認する回数が多くなってきたのです。僕は高校1年からインターネットをやっていましたが、20歳ぐらいのとき、サイトで強迫性障害について書かれているのを読んで、これも自分と同じだ、と気づきました。

それまで通っていた心療内科の先生に、確認の回数のことは話していませんでした。そのサイトの記事をプリントして持っていて相談すると、やはり僕は強迫性障害だということでした。もともとある過敏性腸症候群に加え、強迫性障害と不安神経症という診断でした。

それからずっと、確認の症状が続いています。一度、強迫性障害の薬(SSRI)を試しましたが、僕の場合、確認の時間はそのときの自分の気持ち次第で長くなったり短くなったりしていて、薬を飲んでもあまり関係がないような気がしたので、それからは自分の気の持ち方と、<慣れ>で治していこうと思いました。医師にも、「不安に慣れていくのが一番よい」と言われています。現在は不安を少なくする薬だけをもらっています。

 

5. ネットで広がった交友

話は戻りますが、僕は高校時代、一時期、家に引きこもっていたことがありました。一日中外に出ず、イライラして、悩んで、落ち込んでいました。高校1年のときからインターネットに興味をもち、1日15時間とか20時間、ずっとパソコンに向かっていました。そこで、ある個人の方がやっているチャットルームに入り、常連になりました。

今では小学生でもチャットをするようになり、いろいろな問題が起こっていますが、僕がネットを始めた1999年ごろは、そういう時代ではありませんでした。今と昔では全然違います。僕のいた部屋には、変な人は一人もいませんでした。たとえば、メンバーを組んで村を作ろうとしたとき、メンバーがしっかりした人たちでないと、村はでき上がりませんよね。今は村ができ上がってしまい、いろんな人が出入りして、秩序が乱れた状態のように思います。

ネットでは病気も関係ありません。文を通して心が通じて、気が合えば友達になれます。常連になっているチャットの仲間を5、6人集めて、家の近くで、年に2回ほどオフ会を開きました。遠い人では、鹿児島や福岡からも来てくれて、何人かは家にも泊まって遊んだりしていました。本当に楽しかった。家に引きこもって悩んでいたのですが、病気になる前にもっていたリーダー的な性格が出てきたようでした。

 

6. 彼女とのつきあいをきっかけに

以前おつきあいしていた彼女とは、そのチャットを通じて知り合ったのですが、ネット上でいろんなことを打ち明けて、話して、理解しあい、お互いに恋愛感情をもちました。高校の卒業が決まって、専門学校に行くことになり、そこで初めて彼女と会いました。

僕は不安だったりすると咳が出るのですが、彼女とつきあいはじめて2、3か月したら、咳が止まりました。一人でいるといろいろ嫌なことばかり考えるので咳が出てしまうのですが、彼女といると安心できるので、咳が止まるんです。やはり、気持ちの問題なんだと思いました。

じつは彼女にも心の病気があり、お互いの病気をわかりあった上でつきあいました。2人で一緒にいて、2人とも落ち込んでしまったら最悪です。彼女が落ち込んだら、自分は気持ちを上げなくてはいけない。周りには明るくしていよう。そう考えているうちに、だんだんひどく落ち込むことはなくなっていきました。彼女とのつきあいを通して、自分はかなり成長したなと思います。

 

7.暗さから抜け出して

あれから数年たって、現在は、別の方とおつきあいをしています。現在の彼女とのおつきあいを通じて、僕は精神的に持ち直しました。彼女には、症状のことはすべて話しました。なぜなら、もし真剣に確認をしているときにじゃまをされて、僕が怒ったりしたら、関係がまずくなってしまいます。それだったら、笑い事にして、明るく話したほうがまだいいと思いました。

何も悪いことをしているわけじゃないし、人に迷惑をかけているわけじゃない。確認しているところを彼女に見られて、からかわれてもいいし、適当にそっとしておいてくれればいいと思っています。僕が財布を開けて、カードを「1枚、2枚……」と数えていると、彼女が「5枚、6枚」とちゃちゃを入れたりしたこともありました。こんなときは、つらい確認行為も笑い話です。

専門学校は電車通学でしたが、なんとか留年しないで卒業しました。今はアルバイト的にサイト制作の仕事をしていますが、就職を考えて活動しています。今の僕は、「病気とは思えない」とよく言われますが、不安を抑える薬を少量、服薬しています。薬の量はだんだん減らしていて、緊張する場面に出るときや不安な気持ちが強まったときは、頓服を使っています。薬を飲んでいるという安心感もあるのかもしれません。

時間の経過のなかで、自分の症状にも慣れてきました。一時は絶望もしたけれど、乗り越えたな、と思います。まだしばらくは気をつけなくてはいけないと思いますが、仕事をしたり、引越しをしたりと、何かのきっかけで治ることもあるかもしれません。不安はないわけではありませんが、暗くしていても仕方がない。暗さから抜け出すことが大切だな、と思います。

これまでのことを考えてみると、病気を治すには結局、自分自身の気の持ちようが一番大きいな、と思います。医者や薬は治すのを手伝ってくれるもので、治すものではない。薬は気持ちを改善してくれますが、薬だけでは治らないと思います。たとえばこのコラムに出ていた『外に出てみませんか』(⇒OCDコラム第23回)にあったように、外に出てみるのがいいと思います。一回出てみて、つらかったら戻ってくればいい。あれは自分の力ですよね。

だから、もし同じように引きこもりや過敏性腸症候群、OCDなどで悩んでいる人がいたら、積極的に、ちょっとずつでも、いろいろなことをやってみてほしいと思います。そうすると自分に合った解決法がみつかると思います。僕は本で読んで、寝る前に確認しないで行動しているところをイメージすることもやっています。

ネットで人と知り合うのも悪くないと思います。自分を理解してくれる人との接触が、一番外に出る機会になるので、それにはネットは有効だと思います。僕のように、引きこもっていても、何かの縁でいきなり方向性が変わる可能性もあります。会って、話して、発散して、ちょっとアドバイスをもらえたらいい。

 

8. 2人で見た『恋愛小説家』

友人や恋人など、少しの人にだけでいいから、病気のことを打ち明けてみて、協力してもらうことも、解決への一歩になると思います。こういう病気や傾向をもっていることは、別に恥ずかしいことではないと思います。むしろ自分は少し他の人と比べて神経質なんだ、ぐらいに考えるのがよいのではないでしょうか。

自分の病気を人に説明するときは、第三者的なものを使ったほうが効果的です。自分の主観で話すよりも、ほかの説得力のある人が言っているのがいい。僕の場合、自分の病気を説明するときは、このサイトを見てもらいます。

映画の『恋愛小説家』も、このコラム(⇒OCDコラム第15回)で見て、すぐビデオを借りに行きました。主人公の鍵締めの儀式は、見ていて笑ってしまうぐらい共感しました。あれは彼女と一緒に見ました。彼女も僕の症状と似ている場面を見つけると笑っていました。あの映画はいいなと思います。

自分でその病気をマイナスと思わないことも大切ではないでしょうか。医療の対象になっているので病気なわけですが、むしろ「性分だから」と言いたい。そして、他人に変に見られても気にしないぐらいの強い気持ちをもっていたほうが楽です。

OCDだって、悪いことばかりではありません。よく確認しているので、物をなくすことはまずないですし、つねに気を張っているので、何事も失敗するということがありません。確認行為は自分にとっては負担でつらいものですが、そういうよい面もあると、プラスに考えるようにしています。

そして、時間をかけること、あせらないことが大切です。僕もまだ完全に治るような気はしていませんが、ゆっくりと、時間をかけて治していこうと思っています。