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【私のOCD体験記】 第1回 すずきひであきさん
「大丈夫」は言葉のくすり ―僕が回復するまでの道のり―



OCDは、発症率はけして低くないにもかかわらず、まだまだ世の中に広く知られていない心の病気です。
OCDの人は自分だけがたった一人でつらい症状と格闘しているように思えて、落ち込んでしまいそうになることもあるかもしれません。
そんなとき、支えになってくれるのは、同じOCDを体験した仲間の話ではないでしょうか。
これから不定期に、全国の皆さんのOCD体験記を紹介していきます。


●ひどい言葉が勝手に頭に浮かんでくる

僕が初めて嫌な考えにとらわれたのは、高校3年生のときでした。中学時代まではどちらかというと外見を悪く言われていたのに、高校生になったら急に外見がいいと言われて注目されるようになり、僕は、周囲の自分を見る目が、とても気になるようになっていました。周りの人たちが自分に対して持っているイメージを意識してしまい、自分をそのイメージに合わせないといけないような気持ちになっていたようです。

僕は、いつも自分の容姿が変じゃないかと気になりました。夏休みなど、自分の髪型が気になって、納得がいくまで何時間もいじっていて、友達との約束に遅れてしまったこともあります。そんな高校生活の中で、ある日突然、恐ろしい考えが頭に浮かびました。母に対して思ってもいないようなひどい悪口が、勝手に頭に浮かんでくるのです。

なぜ、思ってもいない嫌な言葉が頭に浮かぶのだろう。僕はその考えを抑えようとして、嫌な考えが浮かぶたびに、そのときしている行動を繰り返して行うようになりました。母に、「今僕、ひどいことを言っていないよね?」とも訊きました。でも、頭の中に嫌な言葉が浮かんでも我慢をしていたら、そういう考えはいつのまにか消えていました。その間、2か月ぐらいだったと思います。

そして、高校を卒業した後のことです。ある日突然、自分が何かひどい罪を犯したような罪悪感に襲われました。具体的に、自分が何か悪いことをしたというわけではありません。説明のつかない罪悪感なのです。僕は毎日のように、母に「僕、何か悪いことをしていない? 変なことしていないよね?」と訊いていました。


●ひどい言葉を無意識に口にしている?

友達に電話をしていても、ひどい悪口が頭に勝手に浮かぶので、電話をしながら「今、何か失礼なこと言ってないよね?」と訊いてしまいます。電話を切った後、その友達にもう一度メールや電話をして、「大丈夫だった?」と訊き返すことも日課のようになりました。友達は、「え? 何言ってるの?」と、不思議に思っているようでした。母にも毎日のように、「何か変なこと言っていないよね?」と訊きます。「最近そんなことばかり訊いているけど、どうしたの? 別に何も言っていないよ」と母の返事。

なぜか、人に関して嫌な考えが頭の中に浮かぶのは、母や姉など自分の家族、そして親しい友人たちに対してでした。皆本当は、自分が「好きだ」と思う人たちです。その人たちに対して、「嫌いだ」とか、とても口に出しては言えないような恐ろしい言葉が浮かんでしまうのです。そして、その不快な言葉が、相手に伝わったのではないかと不安になるのです。

そして、思ってもいないようなひどい言葉が頭に浮かぶと、その言葉が無意識のうちに自分の口から出ているのではないかと不安になりました。僕は「これは何なんだろう。なぜこうなってしまうんだろう」と悩みましたが、いくら考えても理由はわかりませんでした。

そのうちに、メールを書いているときにひどい言葉が頭に浮かぶと、その言葉がメールに入ってしまったのではないかと感じられるようになりました。メールを読み返すと、そんな言葉は書かれていません。そうやって眼で見て確認をしても、やはり自分が書いてしまっているんじゃないかという不安が消えません。それで、メールを一から書き直しです。書き直しているうちに、またひどい考えが頭に浮かぶと、また消して、書き直しです。

気がつくと僕は、嫌な考えが浮かぶたびに行動をやり直すようになっていました。ドラッグストアに行って、買うものを手に取った瞬間に、嫌な考えが浮かぶと、不安になるので元に戻します。そしてまた手に取って、また嫌な考えが浮かぶと元に戻す。その繰り返しです。車を運転していても、ある地点で嫌な考えが浮かぶと、そのまま運転を続けることができず、嫌な考えが浮かんだ地点まで戻って、やり直しでした。


●無理やり考え出した対処法

このとき、僕が心に浮かぶ悪口や嫌な考えを否定するために、自分で考え出した対処法が、2つあります。ひとつは、「そういうことは思っていない、言っていない」と、大きな声に出して言うことでした。これは、一人で家にいるときは何回でも言えるのでいいのですが、外で言わなければいけないときには周りの人の眼が気になり、つらいものがありました。家でも、お風呂の中でこれを言っていたために、家族に「お風呂の中で何かしゃべってなかった?」と言われたこともあります。

もうひとつは、嫌な言葉を言わないようにするために、口に水を含むという方法です。不安があまりにもひどいときには、メールを書くときや運転をするときにも口に水を含みました。そうすることで、自分は嫌なことを言っていないということの証明になると思いました。でも、口に水を含んだままでは、外出することもままなりません。

いろいろなことで、やり直しの行動が1日に数十回も繰り返されるようなると、生活に支障が出てきました。僕は当時、アルバイトをしていましたが、とても毎日仕事ができるような状態ではなくなりました。毎日、嫌な考えと、それに対処するための繰り返しの行動で疲れ果ててしまい、夜眠るときに、「このまま消えてしまいたい。このまま目が覚めなければいいのに」と願うようになりました。


●これは病気だったとわかる

ある日の真夜中、インターネットの検索欄に、「浮かぶ 悪口」と入れてみました。すると、いくつかのウェブサイトが表示されました。その中に、『小さなことが気になるあなたへ』というサイトがありました。

読んでみると、書かれている症状が、すべて自分のものと同じです。そのとき初めて僕は、これは病気だったんだと知りました。しかも、薬で治ると書いてあります。
「病気だったんだ……治るんだ……」
そう思ったら、安心しました。安堵の涙が流れました。

治るなら、病院に行くしかない。そう思って、僕は「お近くの病院検索」のコーナーから、自分の住んでいる所に近いクリニックを探しました。


●治療が始まる

しかし、「病院に行こう」とは決めたものの、多くの人がそうだと思いますが、やはり僕も「精神科に行く」ということには抵抗がありました。検索した市内の病院の中に、「内科」と「神経科」のある病院があり、神経科なら行けそうだと思って、そこに決めました。それでも最初、「何科ですか?」と訊かれたときに、「神経科です」と答えるのには、少し勇気が要りました。母には、病院に行くということは言ったと記憶しています。

診察室に入ると、高齢の先生でした。僕は何からしゃべったらいいかわらず、話そうとすると緊張して、話すことができませんでした。先生は「ゆっくりでいいから」と言ってくれましたが、結局、5分近くも黙っていたのを覚えています。それから、「頭の中に嫌な言葉が浮かぶんです」などと話し始めたのですが、先生の反応があまりにも普通なので、かえって大丈夫なのかな? と思うほどでした。そのときの診断は、「強迫的なうつ」というものでした。

こうして、薬による治療が始まりました。最初の薬は副作用がつらくて、10日もたたずにやめてしまいました。何を食べても味がわからなくて、食欲がなくなり、気持ちが悪くて、家で横になっていなければなりませんでした。家族も心配して、「薬を飲んで具合が悪くなるようだったら、やめたほうがいいんじゃないの?」と言います。「一時的なもので、病院に行かなくても、そのうちに治るんじゃないの?」とも言っていました。

僕はそのまま病院に行くのをやめてしまいましたが、2か月後に、もう一度思い直して病院に行きました。薬には副作用はありましたが、1週間飲んだだけでも、少し調子がよくなったという感じがあったのです。それで、薬を飲んだほうが治っていくのではないかと思いました。薬の効果は3か月ぐらいで出てくると聞いていたので、とりあえず、3か月は続けてみようと思いました。

薬の副作用は人によって違うそうです。僕の場合は、それから2種類、薬を替えました。次の薬は飲むと眠くなりましたが、眠いぐらいなら我慢できるかな、と思って続けてみました。この後にまた別の薬に変わり、その頃から、嫌な考えが浮かぶことが少なくなってきました。そのうちに、気がつくと、嫌な考えは浮かばなくなっていました。


●清潔へのこだわり

実を言うと僕は、小学生のとき、一時的に潔癖症になったことがあります。小学校3年のときに、手が汚れたと思って、手の甲から血が出るまで異常に手を洗うようになったのです。このときは母が皮膚科に連れていってくれて、3~4か月ぐらいで手洗いが治まりました。

治療を始めてから、嫌な考えが浮かばなくなるのと並行して、このときのような潔癖症が再燃してきました。自分が汚れているのではないかと思えて、異常なほど何回も手や体を洗ってしまいます。せっかく全身を洗ったのに、「まだ汚いかもしれない」と思うと、もう一度やり直します。お風呂を出た後に、汚いと思うところに体の一部が触れたりすると、もう一度、お風呂に戻って洗い直さなくてはいけません。一番ひどいときには、1回に2時間半、入浴していました。

自分が「汚い」と感じるものは、自宅のスリッパの裏、犬のおしっこ、犬のおしっこが触れたものや場所など、さまざまです。トイレに入るのも憂鬱でした。排泄物がズボンについてしまったのではないかと気になるのです。いつも除菌シートを持ち歩き、汚れたように感じたときは、すぐに拭いていました。トイレの後は石鹸で3回以上手を洗うので、手が荒れて血がにじみ、人にばれないようにハンドクリームをすり込む毎日でした。

皆さん、いくら清潔好きでも、鞄やベルトは洗濯をしないと思います。でも僕は、毎日洗っていました。ズボンも毎日、洗っていました。汚れたら洗い直さなければ、すべてが駄目になってしまうような気がして恐れていたのです。髪につけるワックスなども、新しいものを買って開けるときには、自分の手を清潔にしてからでないと開けられませんでした。

最近、このサイトのコラムで、サッカーのデイヴィッド・ベッカムさん(僕の場合は名前を呼び捨てでなく、「さん」をつけたいのです)が、OCDを告白したことを知りました。ベッカムさんも潔癖症のようです。たとえば白いパンツを、2週間ごとに30枚ずつデパートで買っていると、新聞に書かれたりしています。実は僕も、パンツは汚れが見えるように、白でないとはけない時期がありました。ですから、ベッカムさんの気持ちがよくわかるような気がするのです。


●治したのは、薬と自分

僕はもう2年近く、薬を飲んでいます。そして確実に、完治に向かって、ゆっくりと前向きに努力しています。入浴時間は15分から30分程度で済むようになり、トイレの後の手洗いも1回で済むようになりました。パンツは白でなくても大丈夫ですし、鞄もズボンも、毎日洗わないで使っています。でも、まだ苦手なものもあります。犬のおしっこは今でも苦手ですし、色が移りそうな食べ物も苦手です。ごはんを食べた後に手を洗いたいな、と思うこともあります。

どうやってここまで治すことができたのかな、と振り返ると、薬の作用と、自分の意志との、2つの要素があったのではないかな、と僕は思います。薬によって、ひどい言葉や嫌な考えが頭に浮かぶことはなくなりました。その効果は確かにあったと思いますが、あとの何割かは、自分でも治そうとしていくしかありません。

先生からは、「繰り返し行う手洗いなどを、5回から4回、4回から3回と、少しずつ減らしていってはどうか」というアドバイスを受けました。でも、手洗いなどの繰り返し行動を、やらないで我慢するのは、とてもつらいことです。時には涙が出てくるほど不安でつらいのです。それでも僕は、嫌な考え(強迫観念)をできるだけ無視すると決めて、我慢を続けました。どんなに不安でも、「やり直してはいけない、やり直してはいけない」と、自分に言い聞かせながら……。


●周りの人に言って、協力してもらった

それから、家族や親しい友達に、自分の症状を言いました。母も姉も、最初は「何を言っているのかわからない」と戸惑っていました。「これはOCDという病気なんだよ」と説明をすると、「わかった」と言ってくれましたが、本当に病気のことをわかってくれるまでには、1年ぐらいかかったように思います。

たとえば、僕は生ごみに触れないので、生ごみを捨てることができませんでした。油にまみれたものにも触れませんでした。すると家族は「どうしてできないの?」と言います。そこで僕は、「これがこういうふうに汚れているように思えて、できないんだよ」と、ひとつひとつ、自分の頭の中で起こっていることを説明するようにしました。

毎日、「どういうときに、どう思うのか」を報告するのです。そのうちに、家族もだんだん理解してくれて、 「僕はこれが汚いような気がするんだけど、汚くないよね?」
と言うと、
「汚くないよ。もう洗ったんだから、大丈夫だよ」
と言ってくれるようになりました。

幸い、僕には幼い頃からの友達が、男女合わせて数名います。その友達は、一生つきあっていこうと思えるほど、信頼できる友達です。僕は、その友達にも自分の病気のことを話しました。友達も最初は戸惑っていましたが、僕は自分の行動を見てもらい、「こういうときに、こんなふうに思うからこうするんだよ」と、ひとつひとつ説明しました。すると、やはり時間はかかりましたが、だんだんと理解してくれるようになって、今ではみんな僕に協力してくれます。

たとえば「清潔」については、僕自身、どこまで清潔にするのが普通の人の標準なのかがわからなくなっていました。そこで僕は、友達やいろんな人に意見を求めました。たとえば、ズボンは何日に1回洗っているの? バッグを持ってトイレに入ったとき、棚に置くのに抵抗はない?  お風呂に入ったとき、どんなふうに身体を洗っているの? どのぐらい時間をかけて洗うの? などです。そうやって、だいたいの平均的なところがわかったら、自分もそれを実行に移すのです。

もちろん、そういうやり方で入浴をしても、これでちゃんと洗えているのかと不安になりました。不安で、すべてがおしまいだと思ったこともありました。それでも、今日はいつもより10分早く上がれた……今日は20分早く上がれた……と繰り返していって、ある日、姉が言いました。 「あれ? お風呂上がるの、早くなったんじゃないの?」
「本当だ! 1時間も早くなってる」
すごくうれしかったのを覚えています。


●言葉のくすり

2か月ほど前のことです。僕はデパートのトイレの床に、うっかり財布を落としてしまいました。ピンチです。とりあえず拾って、ウエットティッシュで拭きましたが、トイレの床の汚れがしみついてとれないような気がして、不安になりました。そのとき、一緒にいた友達が、僕の手から財布を取り上げました。さばさばした性格の、とても信頼できる友達です。友達は財布を自分の鼻に近づけて、くんくん嗅ぐと、 「うん、大丈夫。ちゃんと拭いたから、もう汚くない。大丈夫だよ」 と言ってくれました。

(本当に大丈夫なのかなあ……)と、心の中で思った僕ですが、友達の言ってくれた言葉を信じないわけにはいきません。友達の言葉を信じないということは、その友達自身を信頼していないことになるからです。僕は、その友達の言葉を信じて、1週間、我慢をしました。すると、その財布の汚れが、あまり気にならなくなってきました。今でもその財布を、洗わないで普通に使っています(僕は症状のひどいときは、革製の財布でさえも水洗いしていたのです)。

友達や家族の言ってくれる「大丈夫」は、僕にとって“言葉のくすり”だと思っています。本当に、ありがとう。


●そして、始まり

僕は今、自分がこれまでのOCDの経験を通じて知ったことや、学んだことを、もっと人のために生かしていけないだろうか、ということを考えています。そのために、何年かかってもいいので、医療の勉強をしてみたいと思っています。そしてもうひとつ、これからの自分の完治までのプロセスを、サイトを通じて、同じ悩みを持つ人たちに公開していきたいと思っています。

読者の皆さん、ぜひこれからの僕の成長を、一緒に見守っていってください。
OCDのみんなも、けしてあきらめないで。



■すずき ひであき さんのサイト
you and me.
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