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OCDコラム

OCDコラム

好きでやってるわけじゃない。
わかっているけどやめられないのがOCDの症状。


第1回のコラムで、1980年代の調査以来、OCDの有病率は2~3%とされていると書きました⇒(第1回OCDコラム:OCDの患者さんは世界に1億人いる)。でも、うつ病などに比べて、OCD患者は周囲に少ないように思われませんか? インターネット上では、さまざまな病気の患者や体験者が、自分の病気を公にしてサイトを運営していますが、こうしたサイトも、OCD患者のものは、まだまだ少ないですね。

たしかに、うつ病などに比べると、統計的に患者数が少ないのは事実ですが、OCDがあまり知られていない理由のひとつは、患者自身が自分の病気を隠している場合が多いからと考えられています。家のなかでは家族を巻き込んで症状を表していても、外に出たら、ある程度、症状が出るのを抑えたり、なんでもないふりをすることができるのも、この病気の特徴なのです。逆に、外でも抑えられないほど症状が強くなると外出ができなくなり、家に引きこもってしまうことにもつながります。


●独特の行為は、強迫観念を追い払うため

OCD患者が、強迫儀式などの症状を一時的に抑えることができるのは、患者自身が、「自分が行なっている行為はおかしなことだ」と気づいているからです。そこで、恥ずかしさやきまりの悪さから、家族や友達には自分の症状を隠します。ときには、治療を受けている医師にさえ、すべての症状を話さないようなケースもあります。

たとえば不潔恐怖のある場合、トイレに入ると、そこにあるばい菌が自分の服や身体につくような気がする。それが怖いから、トイレから出たら服を着替えなければならない。トイレットペーパーや便器に触った手も、ばい菌に汚染されているので、徹底的に洗わなければならない。このように、OCD患者は、普通の人の何倍もの時間とエネルギーを、自分の内部に起こる強迫観念を追い払うために使わなくてはなりません。

けれども、患者はそれが楽しくてやっているわけではありません。自分のなかに「不潔が怖い」「誰かを傷つけたようで怖い」などの恐怖感(強迫観念)があり、本人もその観念に強制されるような形で、そうせざるをえないのです。その点を理解できないと、周りの人たちは「なぜトイレにこんなに時間がかかるのだろう」「もしかしたら仕事を怠けているのではないか」「わがままなのではないか」などと、患者の性格や人柄に対して、さまざまな誤解をすることがあります。このことが、患者をさらにつらい立場にします。

理解できないさまざまな行動は病気のせいなのだと理解するまで、夫婦の間でさえ誤解と葛藤が生まれるという実例を、第12回のコラムで紹介しました⇒(第12回OCDコラム:OCDという病気への理解が家族の悩みを軽減する)。このケースでは、OCDになった夫に対し、妻が病気を理解する前は、「(強迫儀式が)いやならやめればいいじゃないの」と言っていたということでした。


●遅刻するのは、だらしないからじゃない!

2005年6月、星和書店より、OCD患者の手記『不潔が怖い』が出版されました。一人のOCD患者が、長期間にわたる病気との闘いを綴ったものという意味では、これまでにない本といえます。著者は花木葉子さんという女性で、社会に出て働きはじめてからOCDになり、仕事をやめて自宅にこもります。その後、家族にすすめられて病院に行き、治療生活を送るまでの、約20年に及ぶ日々が綴られています。

花木さんの体験を読むと、OCD患者が日常生活を過ごす上で、本人が症状を自覚しているがゆえにつらい思いをするという状況がよくわかります。一例をみてみましょう。花木さんには、家を出る前に鍵がちゃんとかかったかどうかが不安で、何度も確かめる<確認強迫>もありました。

<いつまでもガチャガチャしていると、隣のドアが開いて人が出てきます。すると、私は慌ててバッグの中身を探し物でもしているふりをするのです。自分のやっていることが変だという自覚があるので恥ずかしいのです。隣の人は、鍵を閉めると、一度もノブを回して確認したりせずに、とっとと行ってしまいます。私は、……(中略)……確認の儀式に邪魔が入ったので、「今までの分は信用できない、もう一度最初からやり直し」になってしまうのです。

時計を見て焦ります。焦れば焦るほど、気が散ってしまうから安心できません。ガチャガチャやりながら、何度も泣きそうになりました。いつまでたっても出掛けられないからです。私は会社の人から時間にだらしがないと思われていたでしょうが、こんな事情があったのです。>


●手を貸さないのは、冷たい人間だからじゃない!

会社で経験したことのなかでは、こんな例も。 <何人かの人たちが、大きな機械を動かそうとして、身動きがとれなくなっている様子でした。その中の一人と目が合いました。明らかに、私の手助けを必要としていると分かりました。私は、手を貸すべきだと思いましたが、目の前にある物を見て、凍りついてしまいました。そこには、古びた掃除機が横たわっていたのです。

その掃除機は、収納場所がないからと、使われない時は、トイレの用具入れにしまわれていたのです。私は、トイレの用具入れの扉の取っ手にさえ、触れません。そこにどんな風にしまわれているか分からない、どの道そこにしまわれている、その掃除機には、もちろん触ることはできません。

……(中略)……それで、自分の手助けが求められていると感じながらも、それを振り切って、私はその部屋の前を通り過ぎてしまいました。困っている人がいるのに見捨てる時と同じです。罪悪感で私は押し潰されそうでした。自分を責めながら、タイムカードを押して帰ってきてしまいました。そんな自分が本当に嫌でした。>

こんなことが続いて、花木さんは、会社を辞めてしまいます。その頃の花木さんは、OCDという病気があるということすら知らなかったそうです。


●星和書店ホームページ
http://www.seiwa-pb.co.jp/

参考文献:
スチュアート・モンゴメリー、ジョセフ・ゾハー著 OCD研究会訳『強迫性障害』
花木葉子『不潔が怖い』(星和書店)