トップOCDコラム > 第18回
OCDコラム

OCDコラム

高見盛関の「気合入れ」から、
こだわりの癖とOCD症状との違いを考えてみる。


手が汚れたような気がして丹念に手を洗ったり、鍵をかけたけれど、ちゃんとかかったかどうか気になって、もう一度、ドアを確認する。これって、OCD患者でなくても、誰にでもありがちなことですよね。心の病気には、病気の人の症状と、病気でない人の心の状態との間に、明らかな断絶や、質的な違いが見られないものも多いのです。

たとえば、健康な人が悲しい経験をした後に憂鬱な気分が続く「抑うつ状態」と、「軽度うつ病」、そして自殺が心配されるほどの「うつ病(大うつ病性障害)」との間に、はっきりとした分かれ目があるかというとそうではなく、似たような症状が連続していて、病気かそうでないかの分かれ目は、その症状の程度の違いにあるといってもいいでしょう。


●「こだわりの癖」は誰にでもある

OCDの症状には、あることを決められた手順で行わないと気がすまず、順番どおりにできないと最初から繰り返す、などの儀式行為が見られる場合もあります。儀式行為にはいろいろなものがありますが、何かを行なうときに、事前に必ずある行為をするという癖ならば、多くの人が持っていますね。

大相撲の人気力士、高見盛関が取り組みの前に行う「気合入れ」などは、その好例でしょう。自分の体を両手のひらで叩いて気合を入れるとき、高見盛関は顔の表情もゆがめ、一生懸命です。今では、あのパフォーマンスがないと観客は納得しないぐらい。気合入れが始まると、観客は拍手喝采です。

あの独特の動作は、誰に命令されたわけでもなく、高見盛関が自分自身を闘いに向けて鼓舞するために生み出したものでしょう。実際にはどうかわかりませんが、もし、あの動作をしないで取組に臨んだら、高見盛関は不安になるのではないかしら、とさえ思わせられます。ちょうど、試験の前におまじないをするような心理とも似ていますね。

けれど、土俵の上で高見盛関が気合入れを行なう時間は、せいぜい10秒か20秒ぐらいです。もしこれが、取組を脅かすぐらいの長い時間行なっていたら、迷惑行為となり禁止されてしまうことでしょう。10秒か20秒で切り上げて、取組に入ることができるから、高見盛関の行為は個性的な「癖」として受け入れられているわけです。


●時間の消費が1時間以上続けば…

前回のコラムでご紹介したアメリカ精神医学会の『精神障害の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders=DSM)』第4版(DSM-IV)⇒(OCDコラム:「強迫神経症」が「強迫性障害」になったのはいつから?)では、OCDの診断基準を、下表のように定義しています。

DSMでは、症状の表れから病気を定義しています。診断基準のCに、強迫観念や強迫行為の症状が、「時間を消費させ(1日1時間以上かかる)、またはその人の正常な毎日の生活習慣、職業(または学業)機能、または日常の社会的活動、他の人との人間関係を著名に障害している」とあるように、症状に費やす時間の長さだけを見ると、1時間が目安になっています。

そしてもうひとつ、OCDの症状とこだわりの癖との大きな違いは、それをしている本人が喜びを感じているわけではない、ということです。高見盛関が気合入れをするときは、満場の観客から喝采を浴び、気力が奮い立つ喜びを感じるかもしれません。しかし、診断基準のBにあるように、強迫行為をしているOCD患者は、自分の行為が「過剰である、または不合理であると認識」しているのです。
OCD患者ならではのつらさは、そこにあります。これについては、別のコラムでとりあげます。

【注 意】
読者のなかには「自分は強迫観念に悩まされているけれど、強迫行為に1時間以上時間は費やしていない」という方もいるかもしれません。でも、OCDの診断基準はこれだけではありませんから、これだけで判断はしないでくださいね。症状の現れは人によって違い、合併症がある場合もあります。あなたがOCDかどうかは、医師が適切な診断をしてくれます。
⇒(お近くの病院検索)

受診の前に、気になる方は、参考のために自己診断シートにトライしてみてください。
⇒(自己診断シート)

DSM-IVのOCD診断基準
【A】 強迫観念または強迫行為のいずれか

下記の(1)、(2)、(3)、および(4)によって定義される強迫観念。

(1) 反復的、持続的な思考、衝動、または心像であり、それは障害の気間の一時期には、侵入的で不適切なものとして体験されており、強い不安や苦痛を引き起こすことがある。
(2) その思考、衝動または心像は、単に現実生活の問題についての過剰な心配ではない。
(3) その人は、この思考、衝動、または心像を無視したり抑制したり、または何か他の思考または行為によって中和しようと試みる。
(4) その人は、その強迫的な思考、衝動、または心像が(思考吹入※1の場合のように外部から強制されたものではなく)自分自身の心の産物であると認識している。


下記の(1)および(2)によって定義される強迫行為。

(1)反復行動(例:手を洗う、順番に並べる、確認する)または心の中の行為(例:祈る、数を数える、声を出さずに言葉を繰り返す)であり、その人は強迫観念に反応して、または厳密に適用しなくてはならない規則に従って、それを行うよう駆り立てられていると感じている。
(2)その行動や心の中の行為は、苦痛を予防したり、緩和したり、または何か恐ろしい出来事や状況を避けることを目的としている。しかし、この行動や心の中の行為は、それによって中和したり予防したりしようとしていることとは現実的関連を持っていないし、または明らかに過剰である。
【B】 この障害の経過のある時点で、その人は、この強迫観念または強迫行為が過剰である、または不合理であると認識したことがある。(注:これは子供には適用されない)
【C】 強迫観念または強迫行為は、強い苦痛を生じ、時間を浪費させ(1日1時間以上かかる)、またはその人の正常な毎日の生活習慣、職業(または学業)機能、または日常の社会的活動、他者との人間関係を著名に障害している。
【D】 他の I 軸の障害※2が存在している場合、強迫観念または強迫行為の内容がそれに限定されない(例:摂食障害が存在する場合の食物へのとらわれ、抜毛癖が存在している場合の抜毛、身体醜形障害が存在している場合の外見についての心配、物質使用障害が存在している場合の薬物へのとらわれ、心気症が存在している場合の重篤な病気にかかっているというとらわれ、性嗜好異常が存在している場合の性的な衝動または空想へのとらわれ、または大うつ病性障害が存在している場合の罪悪感の反復思考)
【E】 その障害は、物質(例:乱用薬物、投薬)または一般身体疾患の直接的な生理学的作用によるものではない。
該当すれば特定せよ
洞察に乏しいもの  現在のエピソードのほとんどの期間、その人はその強迫観念および強迫行為が過剰であり、または不合理であることを認識していない。
『DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引き』(医学書院)より

●事務局注
※1 思考吹入――他者から「考えが吹き入れられる」という体験をいう。思考障害(thought disorder)のひとつ。
※2 I 軸の障害――DSMでは疾患の多軸評定システムをとっている。I 軸とは、パーソナリティ障害と精神遅滞以外の種々の障害や疾患を記録するためのもの。

参考文献:
スチュアート・モンゴメリー、ジョセフ・ゾハー著 OCD研究会訳『強迫性障害』
久保木富房、不安・抑うつ臨床研究会編『強迫性障害 わかっちゃいるけどやめられない症候群』(日本評論社)
『こころの科学 104 強迫』(日本評論社)
越野好文、志野靖史著『好きになる精神医学』(講談社)