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第164回 「小さなことが気になる」とは


「小さなことが気になるあなたへ」というこのWebサイトのタイトルは、強迫症/強迫性障害(OCD)の患者さんによくみられる、小さなことが気になってしかたないことに由来しています。しかし、OCDの人のなかには、「私が心配なのは、死や火事への恐怖だから、決して小さなことではない」と考える人もいるでしょう。そのような場合も含め、今回のコラムでは、OCDの患者さんにとっての「小さなこと」とは何か、なぜ「小さなこと」が気になってしまうのかについて考えていきます。


目次
§1 OCDのタイプ別の小さなこととは
§2 どうして小さなことまで気になってしまうのか
§3 ルール通りでないことと実際の危険は異なる
§4 実際の状況に合わせて行動



§1 OCDのタイプ別の小さなこととは

「小さなことが気になる」とは、どのようなことなのでしょうか。OCDのタイプ別に考えていきましょう。

不潔・汚染が気になるタイプ

他の人が気にならないような微量であっても、汚いと思うものが、ついているように思えて、気になってしまいます。明らかに目で見える汚れならば、誰もが不快に思いますが、OCDでは目に見えなくても、頭の中で汚れているように思えてしまうのです。そのようなごく微量な汚れさえ気になるところが、小さなことが気になるといえます。



確認が多いタイプ

「ガスのスイッチの点検をおろそかにしたために、火事になったらどうしよう」
「立ち去る前に、確認をしなかったために、大事な物を落としていたら、どうしよう」

そのような心配は、確認強迫の患者さんにとって、小さなことではなく人生の一大事のように思えます。しかし、確認強迫の患者さんが行う点検は、さっと見て済ませるのではなく、細かく隅々まで見渡し、他の人なら点検する必要がないと思うところまで行います。わずかでも疑いがあれば確認してしまうように、確認の対象が小さなことに及んでいます。


被害・加害が気になるタイプ


自分がした行為によって、誰かに大ケガをさせたり大損害をもたらしたりしないかが気になる強迫観念です。被害が自分に及ぶことが気になるタイプと、他人に被害が及ぶことが気になるタイプ(加害)とがあります。
このような強迫観念が生じるきっかけは、車を運転中に、わずかだがタイヤに何かが当たった感触がしたとか、混雑した場所で人とすれ違ったときにちょっと注意がそれたとか、インターネットを見ているときに画面を操作する位置が少しずれた気がするなどささいなことです。つまり、ここでは強迫観念が生じるきっかけが、小さなことなのです。



いずれのタイプでも、悪いことが起きないよう、不安を打ち消そうと、強迫行為に細心の注意を払います。その注意の細かさも小さなことといえます。



§2 どうして小さなことまで気になってしまうのか

なぜ、OCDの方は小さなことまで気になってしまうのか、その理由を考えていきます。

①恐怖や不安のような嫌な感情の強さ
嫌な感情を強く引き起こすものをなくしたい、嫌な感情を引き起こすものから離れたいという思いが強くなります。嫌な感情が強いからこそ恐怖や不安を感じるわけで、嫌な感情が強くなければ、あまり気にならなくなります。
たとえば、OCDコラム第121回「不潔恐怖・汚染/洗浄にまつわる悩み」で紹介したように、トイレットペーパーを過剰に使う人でも、食事のあと、口の周りの汚れを紙ナプキンで拭き取るときは過剰には使わないという人がいます。それはこの人の場合、排泄のときは不安が強く、食事のときは不安がないためです。紙を使って汚れを拭き取るという行為であっても、場面が異なることで不安の強さに違いが生じます。

②微量でもあってはならないと考える
一般の家庭なら、窓を開けたときに小さな虫が部屋に入ってくることはよくありますが、食品工場の場合は、製造する食品に虫1匹、毛髪1本でも入っていたら大問題になるため、衛生管理は徹底されています。このように微量であっても存在を許さない、排除するとした場合、それを実行するためにはかなりの配慮とエネルギーが必要となります。
つまり、多くの人が自宅など日常生活において被害をもたらすとは思わない程度のものでも、OCDの患者さんの中には、問題が被害の程度ではなく、存在するかどうかに置き換わってしまうタイプの人がいて、それを排除するために過剰なエネルギーを費やしてしまいます。

③繰り返すことでさらに細かくなる
行動療法の考え方では、ある行動によってよいことがもたらされると、その行動を繰り返したくなるとしています。強迫行為を行うと、一時的ですが、安心が得られます。そのため、細心の注意を払わなければならない強迫行為でも、一時的な安心を得るために繰り返したくなるのです。そして、繰り返すほどに、より細かいところに注意が向くようになり、その結果、強迫観念をもたらす感覚がさらに敏感になり、錯覚を起こしやすくなります。
加害恐怖の人では、ぶつかってもいないのにぶつかったような気がしたり、ガスのスイッチが閉まっているか気になる人は、目で見てスイッチが閉まっていると思っても、心配がなくならずどこかにミスがあるように思えてしまうのです。そして、次第に強迫行為は過剰となってしまいます。


§3 ルール通りでないことと実際の危険は異なる

強迫行為では、独自のルールを決めている人がいます。

上記のような独自のルールを決めている場合、ルール通りに強迫行為が行えないと不安が高じます。また、このルール通りに行えたか、記憶が不確かなだけでも不安になることがあります。
そのため、何回体を洗ったか、記憶が不確かなだけで汚れが残っていると思ったり、ガスの元栓の点検をした記憶に自信がないだけで、火事になったらどうしようと、強迫観念に襲われるわけです。

つまり、汚れがついている、火が着いたままになっているかどうかという事実とは関係なく、自分のルール通りではなかった、記憶に自信がないなどの理由から、不安になってしまうことがあります。
OCDではない人は、一般にコンロを消したり、体を洗うときに、言葉でそれほど細かいルールを決めていないのですが、OCDの人のなかには、安心感を得ることが難しいために、言葉に頼ってルールを作ってしまうタイプの人がいます。
そして、そのルールについて大丈夫かどうかと考えることでさらに言葉を過剰に使います。しかし、それは根本的な解決にはならずに、不安を感じやすい症状が残ってしまうため、不安の対象は、そのルールに合っているか、その記憶が確かかどうかに置き換わってしまうと考えられます。


§4 実際の状況に合わせて行動

このようなことから、他人から見れば小さなことであっても、OCDに襲われている患者さんにとっては、無視できない存在となってしまいます。
第155回OCDコラムで「OCDはプログラムを改ざんする悪質なウィルスのようなもの」とたとえたように、OCDは、どうでもいいようなことを、一大事のように思わせて、患者さんをだます性質があるのです。

そのようなOCDの性質を知って、強迫観念の嘘にだまされないようにしていきましょう。
そのためには、治療が必要です。
薬物療法、認知行動療法によって治療の効果が得られると、嫌な感情も徐々に弱まっていきます。ただし、いずれの治療法も効果が現れるまでには一定の時間がかかります。すぐに効果がでると期待しすぎると、かえって治療の効果も実感が得られにくくなることがあります。

また、わずかな汚れに対する受け止め方として、「少しでもあってはならない」と頑固に考えると、生活に無理が生じます。
そうならないために、OCDでは、次のように考えられるとよいのです。

「目に見える汚れは拭きとってもいいが、目に見えない汚れはあってもいい」
「火がついていなければ、ガスの元栓は開いていても構わない」

排除せずに受け入れる範囲を広げられると、現実に適応しやすくなります。

このように実際に起こっていることをそのまま受け入れることを森田療法では「あるがまま」、認知行動療法では「アクセプタンス」といいます。
このような専門用語を聞くと難しく感じますが、多くの人がしている行動と同じでいいのだと思って、それを真似していくようにするとよいのです。

頭だけで考えず、独自の強迫行為を捨てて、実際の状況に合わせて、行動していくことが大事です。