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清水栄司先生インタビュー(全2回) Vol.2

認知行動療法が普及するために


強迫症(OCD)や不安症に対する治療として、認知行動療法を行い、認知行動療法の普及にも尽力されている清水栄司先生(千葉大学大学院認知行動生理学教授)へのインタビューの2回目をお届けします。前回のコラムでは、強迫症(OCD)や不安症、うつ病への認知行動療法について、また子どもの不安についてお話をうかがいました。今回は、OCDのような精神疾患を抱えた人とその医療体制について、さらには、精神科医療を取り巻く社会的環境についてもおうかがいします。


目次
§1 不登校と通院が困難な人への対応
§2 認知行動療法が保険診療として認められた
―取材を終えて―



§1 不登校と通院が困難な人への対応


千葉大学大学院医学研究院 認知行動生理学教授
千葉大学子どものこころの発達教育研究センター長
千葉大学医学部附属病院・認知行動療法センター長
清水栄司先生 


●小学校の授業の中で「不安症予防のための認知行動療法」のワークショップの実践をされていますが、学校の先生方のメンタルヘルスへの関心はいかがでしょうか。

学校で問題となっていることの一つが不登校の増加です。不登校のお子さんが学校に行けない理由の一つに、不安の病気があると思われます。たとえば、授業中、みんなの前で話すときに失敗して、その後、教室へ入るのが怖くなったというケースでは、社交不安症が考えられます。また、OCD(強迫症)のお子さんでは、何かのきっかけで「学校のトイレは不潔だから使えない」「トイレではいた上履きで移動する教室も汚いから入れない」といった困りごとから、学校に行けなくなってしまうことがあります。
先生方が不安の病気について知識があれば、不登校になったお子さんに対応するときに、「この子は不安の病気かな」と気づいてもらうことができます。そうすれば、僕らのような精神科への早期の受診が可能になります。
不登校の影響は、卒業後、ひきこもりという形で、5年も10年も続くことがあるので、初期、軽症のうちに対処したいので、学校の先生方に不安の病気について知っていただきたいです。学校の先生に、OCDや社交不安症、発達障害などの子どものこころの病気について基本的な知識を知ってもらうことは、非常に大事です。

●通院することが困難なために、入院して認知行動療法を受けたいという人もいらっしゃいますか?

OCDの患者さんでも軽度から重度まで、その症状はさまざまです。重度の方では入院したほうがよい場合もあると思いますが、現在の日本の医療保険制度では、入院をさせて認知行動療法を行うということは難しく、現実的には病院近くの民間の宿泊施設を利用してもらいます。そこから通院して、認知行動療法を受けてもらうことが考えられます。

イギリスでは、通院が難しい患者さんに対して、専門家が自宅を訪問して認知行動療法などの治療を行っています。そのようなアウトリーチ(*1)が、当たり前に行われているのです。この点で、日本よりも精神医療の体制がだいぶ進んでいると感じています。日本でもイギリスのように医療体制を整えるためには、医療の制度を変えていかなくてはなりません。日本の精神科医療は欧米のレベルに追い付く必要があります。

§2 認知行動療法が保険診療として認められた

●2010年度にうつ病への認知行動療法が保険診療として認められ、2016年度から不安障害へも保険診療が認められるようになりました。認知行動療法が保険診療として認められることに、どのような意義があるのでしょうか。

一般の人にとって保険診療ではないと、公的に認められていない治療といった印象があるようです。ですから、保険診療が認められたことで、患者さんも安心して認知行動療法に臨んでいただけるのではないかと思います。
現段階では、不安障害(社交不安症、パニック症、OCD、PTSD)に対する認知行動療法は、医師が行った場合のみが、保険診療の対象となります。しかし、心理職(*2)などほかの職種の人が医師の指導のもとで、医師と共同して行った場合であれば、保険診療の対象として、認めていただかないと認知行動療法は一般に普及していきません。


●今後、不安障害などへの認知行動療法が普及するためには、どのようなことが必要だとお考えですか?

イギリスでは、認知行動療法を受けて、どのくらい効果が得られたかというデータを全土で集積しています。そのようなデータを根拠として、全国民に、認知行動療法の治療効果と価値を理解してもらっています。日本でも、認知行動療法の普及のためには、治療効果のデータを全国から集め、蓄積していくということが大事だと思います。そのような事業を、私達が中心となり推進していきたいと思っています。集められたデータを根拠として、厚生労働省に要望をだして改定していきたいと考えています。


●千葉大学ではセラピストの教育、育成もされているそうですが、それはどのようなものでしょうか。

医師と同じように認知行動療
法を行える医療専門職の確立
が求められています。

千葉大学大学院の博士課程で厳しいトレーニングの中で認知行動療法を学んでもらい、専門的なスキルを身につけてもらいます。博士の資格を有する人が、認知行動療法という専門的なスキルを必要とする治療を行うことを目指します。専門教育には、お金がかかりますので、認知行動療法の専門家に対しては、社会的に、医療経済的にきちんとした給与での評価をしてもらうことが大切です。それが専門職として確立していくことにつながります。

イギリスでは「クリニカルサイコロジスト(臨床心理士)」(*2)という資格があり、これは「認知行動療法ができる人」とほぼ同じ意味をもっています。イギリスの医療は国の予算による公営(*3)のため彼らは雇用的にも安定しています。
日本でも、博士課程での厳しいスーパービジョンのもとで実践的に学んだ人が「認知行動療法ができる人」として、医師と同じように、認知行動療法を行い、医療専門職として確立されていくとよいと思います。そうすることで、認知行動療法も普及していくのです。


よりよい認知行動療法という治療をより多くの人に受けてもらえるように、私達は厚生労働省に働きかけます。たとえば、がんの専門医たちは、日本全国のがん患者さんの治療や予後などのデータを集めて、新しい治療の技術や整備の必要性を主張し要望します。
精神科医療でも、全国の精神科医療関係者が協力して、認知行動療法をはじめとする精神科の治療に対する根拠の確かなデータをもとに、もっと大きな声をあげていかなくてはいけないと思います。
イギリスでは、経済学者が、不安障害やうつ病のような精神科医療にこそもっと予算をかけることが国家経済の観点から重要であることを、データで証明し、その主張が認められています。日本でも、そのようなことが必要だと思います。


●OCDや不安症では、認知行動療法などの治療によって、症状が改善し社会復帰をされている方もいらっしゃいますね。

不安障害やうつ病のような、精神疾患のために働くことができない20代、30代の若い人を治療して、社会復帰してもらうことは本人のためでもあり、社会のためでもあります。
つまり、精神科医療にお金を投入するということは、長期的な労働力の確保になり、それは納税の増加にもつながるということです。国家経済にとって、認知行動療法を日本全国に提供する体制づくりが非常に重要なのです。

先にも述べたように、日本全国で認知行動療法を提供できる体制には、専門家の育成が不可欠です。専門家の育成には時間もお金もかかります。また、彼らが経済的にも安定して、しっかりと活躍できる環境を整えていかなくてはならないとも思っています。今年の10月1日から、千葉大学病院に認知行動療法センターを設置し、認知行動療法を提供できる心理職の活躍の場としました。このようなセンターが他の大学病院にも設置されることを願っております。


●今後の精神科医療、認知行動療法についてのお考え、希望はございますか。

将来、精神科医療において、アウトリーチが当たり前になり、そこで認知行動療法を行うことが医療経済的にも評価されるようになればいいですね。アウトリーチが当たり前になれば、重症で外出できずにいて、通院が難しい患者さんにも適切な治療を受けてもらうことができます。
ただし、アウトリーチとなると、一人の心理士なり医師が1日で対応できる患者さんが少なくなってしまうこともあり、現状では、病院として十分な採算が取れないため、実際に行うことは難しくなっています。そこが改善されていくとよいと思います。

今後も、質の担保された認知行動療法を多くの患者さんに提供していくために、日本不安症学会として、国に働きかけていきます。不安障害に対する認知行動療法についても、保険診療の改定のお願いをしていくので、ご支援いただきたいと思います。


【関連ホームページ】
■千葉大学医学部附属病院・認知行動療法センター
http://www.ho.chiba-u.ac.jp/section/cbt/
■千葉認知行動療法
http://chibacbt.net/
■千葉大学 子どものこころの発達教育研究センター
http://www.m.chiba-u.ac.jp/class/rccmd/

―取材を終えて―

OCDや不安症の改善のためには、認知行動療法が有効なのですが、患者さんや家族にとっては、それを受けることが難しい場合があります。


OCDや不安症に対しても認知行動療法が保険診療として認められるようになり、基本的に患者さんは3割負担で治療を受けられるようになりましたが、現在、認められている範囲は、非常に限定されており、まだ上記のような問題を抱えている患者さんが多いという現実があります。
そのため、制度のさらなる改善が望まれます。国が保険診療として認めるには、治療効果の根拠となるデータは、海外のものだけではなく、国内でのデータが必要とされます。そのため、OCDや不安症については、清水先生も理事を務めていらっしゃる日本不安症学会が、治療効果のデータを蓄積する活動を行っているわけです。


―注釈―
*1アウトリーチ――医療、保健、福祉の専門家が、地域の患者宅に訪問し、診療、支援を行うこと。往診、訪問診療、訪問看護もアウトリーチですが、現状では、OCDや不安症の患者さんに対しては、あまり行われていません。
*2心理職、臨床心理士――日本では、平成30年までに「公認心理師」という国家試験が実施される予定ですが、現状では心理職の国家資格はありません。臨床心理士などの民間の資格をもち、知識も経験も有する心理士が病院やクリニックで精神療法や心理検査を行っているところが増えてきましたが、国家資格ではないこともあり、心理職が行った仕事は、保険診療として認められないことが多いのが現状です。今後、「公認心理師」という国家資格ができることで、変化が期待できます。また、臨床心理士のような資格をもつ人すべてが、認知行動療法を行えると限りません。
*3イギリスの医療は国の予算による公営――イギリスの医療は、基本的に国民保健サービス(NHS)という制度によって運営されています。国の税金を財源としていて、国民は無償で医療サービスを受けることができます。実際のサービス供給は、NHS本体から一定の独立性を持った公営企業体であるプライマリケア・トラストが運営しています。