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OCDコラム

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これって強迫性障害? それとも、ただの思い込み?
④加害

強迫性障害(OCD)では、自分に危険が及ぶことを過剰に心配する人がいる一方で、自分が他人に被害を及ぼしてしまわないかと過剰に警戒してしまう人もいます。加害の強迫観念にとらわれてしまった人です。
強迫性障害(OCD)では、自分に危険が及ぶことを過剰に心配する人がいる一方で、自分が他人に被害を及ぼしてしまわないかと過剰に警戒してしまう人もいます。加害の強迫観念にとらわれてしまった人です。
今回のコラムでは、OCDではない人からみれば、理解が難しい加害について解説します。いくつかの事例を紹介しますが、これは複数の患者さんの体験を参考にした架空のものです。


目次
§1 もしかしたら事故を起こしたのでは?
§2 現実の被害はないが雑念・妄想とも異なる
§3 責任の範囲の過剰な広がり
§4 加害強迫の治療


§1 加害強迫の治療

加害の強迫観念でよくある事例として、次のような事故に関する不安があります。



どちらの事例も、実際に人とぶつかった訳でも、倒れたりしているのを見た訳でもありません。このような疑念をもたらすきっかけになった違和感は、非常に些細なもので、多くの人は、気づかずにそのまま通り過ぎてしまう程度のものです。しかし、神経が鋭敏になっているOCDの人は、そんな些細な違和感も見過ごさすことができないのです。加害強迫の人は、「もしかしたらぶつかってしまったのではないだろうか?」「私はそれに気がつかずに通り過ぎてしまったのではないか」「今頃、その人が苦しんでいたらどうしよう」と、次々に疑いが頭をよぎります。

「本当にぶつかったのなら大きな音がするだろうし、相手の人だって叫ぶだろうから、気がつかないはずがない」と考え、疑いを否定しても
「いや、打ちどころが悪くて、声を上げられないのではないか」という新たな疑いが思い浮かんで
「ぶつかった相手が大けがをするほどなら、自分にもかなりの衝撃があって気づくはずだ」と考え、疑いを否定しても
「何らかの偶然が重なって、気がつかなかったのではないか」と、また不安が芽生えてしまうのです。

不安な考えを打ち消そうとしても、次から次へ不安が浮かんできて、安心が得られなくなってしまいます。このように不安な考え、疑念が次々に思い浮かんでしまうことが、強迫観念なのです

刃物や火、薬品を扱っているときに、症状が出るという話もよく聞きます。また、自分のミスがきっかけで、会社に大きな損害を与えてしまわないかという思いが過剰となる強迫観念も加害といえます。

このような強迫観念によって、引き起こされる主な強迫行為には、次のようなものがあります。



このような強迫行為を自分だけで行う人もいますが、強迫行為に家族を巻き込み、「本当に事故を起こしていないか」「大丈夫か」と何度も家族に質問して安心を求めたりすると、安心要求もしくは保障の希求をしたり、自分は電車が怖いので、家族に代わりに行ってもらったりすることがあります。

また、加害の強迫症状は、さまざまな強迫観念や儀式と関連づいてしまうことがあります。
たとえば、次のようなケースが考えられます。




§2 現実の被害はないが雑念・妄想とも異なる

「もし人を突き飛ばしたら」「もし事故を起こしたとしたら」と、実際には起こりえない場合でも、こんな雑念がふと頭をよぎることは、誰にでもあるのではないでしょうか。しかし、多くの人は、いつのまにかそんなことは忘れ、普通の日常生活に戻ります。一方、加害強迫の人では、そのような考え(強迫観念)にとらわれてしまい、なかなか抜け出せなくなってしまいます。自分で考えをコントロールすることが難しくなってしまうのです。

そのような強迫観念は妄想とは異なります。精神医学における妄想は、現実にはありえないし合理的ではない内容であるにもかかわらず、それを本人が確信し訂正ができないものです。[2]

たとえば、はっきりと聞こえたわけではないが、他人が「自分の悪口を言っている」と感じることはあります。しかし、病的な妄想だと、「陰謀をたくらんだ組織から、家に盗聴器をしかけられた」とか「テレパシーを使ってプライバシーを透視されている」というように、内容が非現実的で、妄信度合いも高くなります。

OCDの強迫観念も、現実とは異なる思い込みですが、「そんなはずはない」という現実的な考えもある程度もっています。しかし、その程度は個人差が大きく、とくに子どもから話を聞く場合、妄想との区別が難しいことがあります。また、家族や周囲の人からすれば、現実的な考えがあるのなら、なぜそれを信じて安心することができないのかと不思議に思います。

OCDの患者さんが、実際の出来事と症状として現れる考えとの区別が難しくなる原因としては、感覚と感情が敏感になっていることが考えられます。

加害強迫の患者さんは、実際に他人とぶつかってもいないに、ぶつかってしまったのでは?という錯覚のようなものが生じます。そして、不安な感情も強く伴うため、実際には起こっていないことでも、「もし、起きていたら」という疑念が頭から離れず、症状が悪化するほど「実際にはぶつかったはずがない」という考えとの区別が難しくなります。患者さんは、そのような強迫観念をなくそうとして、結果的に確認や回避という強迫行為をしてしまいがちです。しかし、それらを繰り返していくと、加害の不安を呼ぶ感覚も感情も、より敏感になるという悪循環に陥ります。


§3 責任の範囲の過剰な広がり

イギリスでの認知行動療法研究で有名な心理学者であるサルコフスキス博士は、加害の強迫観念は、責任感が拡大されていることの表れだと考えることができるといいます。[3]何か悪いことがあったときに、他人ではなく自分のせいとして考えやすいことが影響しているのです。

OCDの心理学研究で著名なラックマン博士とロパートカ博士による強迫的な確認の実験[4]では、同じ確認行為をするのでも、被験者(主な強迫症状が確認である人)が一人で責任を負った場合と、実験者に責任を負わせるようにした場合とを比べてみると、実験者に責任を負わせて被験者の責任を減らしたほうが、不快な感情も確認への衝動も減ったそうです。

最初に紹介したホームで他人と触れそうになった事例1でも、責任を過剰に考えすぎている傾向がみられます。混雑する駅で、他人とぶつかってしまった場合、よそ見をしていてぶつかったのなら責任があるかもしれませんが、その場合でも、相手にそれほど大きな被害がなければ、謝れば済むことです。ましてや、この事例1では、他人に触れそうになった程度なので、通常、被害や責任が生じるなど考えたりはしません。

また、加害強迫の人のなかには、「そういえば、Aさんとぶつかったことがあったが謝っただろうか」と何ヶ月も前のことを思い出して、今からでも謝ったほうがいいのではないかという考えにとらわれてしまう人もいます。記憶に不確かな部分があると不安で、はっきりとさせたくなってしまうのです。

頭の中だけで考えていると、責任を負うべき範囲は広がっていきがちですが、現実にそこまで行うには、限界があるものです。理想ではないが、現実を受け入れていくことも大切です。

また、患者さんが抱いている責任感を、周囲の人が代わりに負ってあげると、患者さんの不安は一時的には下がりますが、これは強迫症状への巻き込みになるので、長期的に見れば、症状の悪化につながってしまうことがあります。


§4 加害強迫の治療

加害の強迫観念は、OCDではよくみられるタイプで、治療法も一般的なほかのOCDと基本は同じです。薬物療法、認知行動療法によって、症状によって悪循環になっている部分を、現実に適した循環に変えていくことを目指します。

認知行動療法では曝露反応妨害(E/RP:エクスポージャー/レスポンス・プリベンションの略)という技法がよく用いられます。強迫観念によって恐れ、過剰に警戒していたことを避けずに向き合っていきます。

具体的な治療法は、治療者や患者さんの状態によってさまざまです。たとえば、刃物が苦手な人の場合なら、刃物を避けずに、自分から実際に使ってみて、十分な時間をかけることで、不安の鋭さが減り、強迫行為をしなくても平気になっていくことを何回も体験していきます。

しかし、加害の強迫観念が、ホームや道路での事故である場合、本当に事故が起きかねない状況を体験するわけにはいきません。このような強迫観念を抱いている人は、駅のホームで、他人とぶつかることを避けるために、混雑した時間帯をわざと避けて利用していることがあります。それは回避という強迫行為と考えられるので、あえて混雑した時間帯に交通機関を利用することが、曝露になることがあります。

また、自分が最も恐れている状況を、想像して、それを紙に書いて読んだり、録音して繰り返し聞いたりすることで、イメージのなかで曝露するという技法もあります。

ただ、認知行動療法は、実際に体験してみないと、その効果が想像できにくい面があります。OCDの患者さんのなかには、受診する前に、インターネットなどの情報を読んで、曝露反応妨害のような恐怖に耐えるなんて無理と、先入観をもってしまう人もいますが、実際の治療は、患者さんの症状、状況に合わせて達成できそうな課題を設定するのが普通です。

実際に治療を受けた後では、最初に「怖い、無理」と思っていた先入観が変わっているといいます。

OCDの改善には、頭だけの考え(観念)と現実とは異なるということを理解し、先入観や強迫観念による行動を、なるべく現実にそった行動に変えていくことがポイントといえます。



*参考文献
[1]
スタンレイ・ラックマン[著]作田勉[監訳]「強迫観念の治療」世論時報社(2007年)
[2]
太田保之、上野武治[編]「学生のための精神医学 第2版」医歯薬出版p21(2006年)
[3]
ポール・サルコフスキス[著]小堀修、清水栄司、伊豫雅臣[監訳]「強迫性障害への認知行動療法」星和書店 (2011年)
[4]
Lopatka,C. and Rachman,S. Perceived responsibility and compulsive checking: An experimental analysis. Behaviour Research and Therapy, 33, (1995年)