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【私のOCD体験記】
「絆をつくろう」と、活動を続ける高橋喜代美さん

今回、OCDの体験者として、お話をうかがった高橋喜代美さんは、子どもの頃から、強迫性障害(OCD)と思われる症状を抱えていました。当時は、それを病気だとは知らず、困った癖だと思って悩んでいたそうです。その後、進学し、社会人として過ごすうちに、身体の病気も抱えるようになり、さまざまな困難を経験しました。心身の病気を抱えながらも、創作活動や仲間との交流など積極的に行っている、高橋さんのこれまでと、今を伺いました。


目次
§1 子どもの頃は、過剰な手洗いも「癖」だと思った
§2 中学時代~強迫観念が頭をよぎる
§3 社会人、結婚~身体の病気の併発
§4 仲間との出会いと創作活動
§5 現在、そして今後


§1 子どもの頃は、過剰な手洗いも「癖」だと思った

高橋喜代美さん

高橋喜代美さんに強迫症状と思われる行動が始まったのは、小学校2年生の頃だそうです。学校の先生が、コレラについて話した後、「帰宅後、手をしっかり洗うように」といったのをきっかけに、高橋さんは、手を念入りに洗うようになりました。自分でも「何でこんなに手を洗ってしまうんだろう?」と不思議になるくらいに、その手洗いは過剰になっていきました。手の皮膚がひびわれて血が出るほど洗ってしまい、お母さんからは「なぜそんなになるまで洗うの!」と怒られるのですが、なぜなのか、自分でもわからず、高橋さんは困ってしまったそうです。

その頃から、ほかにもいろんな「癖」が始まりました。当時の高橋さんは、強迫神経症(当時は強迫性障害はそう呼ばれていました)という病気があることも知らず、過剰な手洗いも困った癖だと思っていたそうです。

過剰な手洗いのほかに、首をふって髪の毛を後ろに回すしぐさを何度もするようになりました。こちらも手洗い同様、自分では止めることができなくなり、首と頭が痛くなってしまうほどでした。また、2本の指を爪でギュッと押し続けたり、鼻をふくらましたり、目をぎゅっとしてからぱちぱちっとしたり、「ぶりぶりっておならしちゃった」と脈絡もなく発言してしまったり、など自分では止めることができない「癖」がいくつもありました。

しかし、この頃の高橋さんに強迫観念のような考えはなかったそうです。

話を聞いただけでは、これらの行為が強迫行為だったのかチック障害だったのか判別が難しいものもあります。チックとは、まばたきなどの瞬間的な動きが、本人の意思とは関係なく繰り返されてしまうものですが、顔の筋肉や手足を動かしたり、声を発してしまうこともあります。18歳未満のとくに幼児から小学校低学年によく見られる精神の病気で、一過性であることが多いです。チック障害を経験した人がOCDを併発、もしくは、その後発症することは珍しくありません。[1]


§2 中学時代~強迫観念が頭をよぎる

中学生になると、学校の授業に「癖」と思っていた症状が影響するようになりました。たとえば、授業中、ノートに文字を書くことが難しくなりました。書いたり消したりを繰り返すうちに、わら半紙が破けてしまったこともあったそうです。また、鉛筆で点をいっぱい書いて、テスト用紙が穴だらけになってしまったり、教科書の裏側に自分の名前を書く際も、何度も書き直しているうちに、真っ黒になってしまうほどでした。

本を読むときにも症状は現れました。たとえば、「雨が降らない」と書いてあれば、「雨が降らない、ない、ない……」と、何度も同じ音を繰り返してしまうようになりました。また、友だちから雑誌を借りると、それを返すときに、雑誌の間にその子の悪口を書いた紙がはさまっているのではないかと不安になりました。もともと、友だちの悪口など書いてもいないのに、そんな気がしてならなかったそうです。このようなことから雑誌などを人から借りることが苦痛になっていきました。

このように高橋さんは、中学生になった頃から、「こんなことをして、悪いことが起きたらどうしよう」というような強迫観念が頭をよぎるようになりました。ただし、まだこの頃も「強迫神経症」という言葉は知らず、自分では「癖」がひどくなったものだと思っていたそうです。

ほかに数字に関するとらわれもこの頃から生じてきました。例えば、「4」という数字がダメでしたし、当時の年齢の「13」、「14」という数字も悪い数字に思えて苦手になりました。数に関連した儀式では、道路で見かけたブロックやます目を数えだして、止められなくなったりもしたそうです。


§3 社会人、結婚 ~身体の病気の併発?

OCD、糖尿病、線維筋痛症と大きな病気をいくつも抱えながら、仲間をつくり、絆をつくり、前へと進む高橋さん

高橋さんは、19歳のときに会社の健康診断をきっかけに1型糖尿病*1)を患っていることを知らされました。糖尿病はゆっくり進行するためか、水分が異常にほしくなったり、体がだるくなったりと多少の異変はありましたが、あまり深刻には受け止めていませんでした。後になって考えると、その頃から足の神経障害*2)も徐々に生じていたそうです。

高橋さんは会社で事務の仕事をしていましたが、強迫症状のせいで、文字を書くのが苦手なため、仕事が遅くなってしまうことがありました。当時は、ほかにも洋服を着ても裏表間違っていないか自信がなくなり、何度も着たり脱いだりを繰り返す、お風呂で何度も洗ってしまう、電気をつけたり消したりを繰り返すなどいくつかの強迫症状を抱えていました。

そんな高橋さんが、「強迫神経症」という病気があることを知ったのは20歳の頃でした。自分に自信がないため、精神的に強くなれるようにと自己啓発に関する本をよく読んでいたそうですが、そのうちの1冊に、強迫神経症のことが書かれていました。高橋さんは、本を読みながら、「これ、私だ!」とすぐさま思ったそうです。でも、このとき読んだ本は医学的なものではなく「自分で頑張れば治せる」と思い、病院へいくことはありませんでした。

その後、高橋さんは25歳で結婚しましたが、家事に関しても、洗濯物を何度もたたみ直したり、料理で塩を何度も入れてしまったりしました。掃除もはかどらずに、部屋がなかなか片付かなかったそうです。

27歳で、糖尿病が原因で網膜症*3)を発症した高橋さんは「失明の危険」を医師から告げられました。そのとき、パニック状態になり、視力を失うくらいなら死んだほうがいいとまで思いつめたといいます。ほどなく手術を受けましたが、このときの網膜症のせいで、今も片目は見えません。

30歳になり、糖尿病で通院していた総合病院の精神科を初めて受診しました。そこで、「強迫性障害」と診断され、薬物療法が始まりました。

薬を飲めば治ると思っていたのですが、一向によくならず、効果が得られないため、薬をどんどん追加されて、かえって具合が悪くなっていきました。不安感がうわんうわんと増してきて、「こういうときはどうするの?」「こうだったらどうしたらいいの?」と、ささいなことでも自分に自信がもてずに周囲の人に何度も聞くようになっていったそうです。

その後、紹介された精神科のクリニックで、薬を減らしながら、カウンセリングを受けるようになりました。だんだん精神症状もよくなっていったそうです。そのクリニックには5、6年くらい通ったそうですが、この間、離婚を経験しています。

また、30代から線維筋痛症(せんいきんつうしょう)(*4)を併発しました。この病気は身体に激しい痛みがあるのですが、初めは糖尿病の神経障害による痛みかと思ったり、年齢のせいなのかと考えたり、わからないまま我慢をしていました。しかし、痛みはどんどん激しくなり、立っていても、座っていても激しい痛みから逃れられず、非常につらい状況になっていきました。

線維筋痛症は、当時は医師の間でもあまり知られていない病気で、整形外科に行っても、「血流が悪いんじゃないの」の一言で終わってしまいました。糖尿病の神経障害でもないといわれ、さまざまな医療機関を受診した後、ようやく専門医に出会い、線維筋痛症と診断されました。


§4 仲間との出会いと創作活動

糖尿病、糖尿病からくる網膜症、線維筋痛症、そしてOCDと、高橋さんは多くの病気を抱えていましたが、精神科のクリニックで受けていたカウンセリングの効果か、35歳くらいから、だんだん外にでて活動できるようになりました。そんな高橋さんは英会話や絵画を習い始めたそうです。

同時に、糖尿病の患者会にも参加するようになりました。そこでは、女性の糖尿病患者の会や1型糖尿病の人だけの会などもあり、定期的な集会のほかに、キャンプなどさまざまなイベントが行われていたそうです。そのときに知り合った友人とは、今もお付き合いがあるそうです

37歳のとき、インターネットでOCDお話会の存在を知った友人が、高橋さんに教えてくれ、こちらにも参加するようになりました。高橋さんが、初めて参加した頃のOCDお話会は、参加者が少なかったそうですが、「来てよかった」と思ったそうです。その後、一緒に参加したみんなとメールアドレスを交換して、連絡を取り合うようになりました。一緒に遊びに出かけたりするような友人関係も築いていきました。

「OCDお話会に行くと、みんなが同じ病気を抱えているので、私だけが特別な存在ではないことに気づけ、普通に話ができるんです。こういう友人は、ほかにはいないので、安心できるところでした」と、高橋さんは話します。


§5 現在、そして今後

高橋さんの絵のモデルを務める姪っ子さん
この子の花嫁姿を描くことが目標だそう

以前は「体調のいいときに戻りたい」「何で私だけが病気なの」「生まれてこなくてもよかった」と考えることもあったそうですが、「今はそう思わない。昔に戻ったら今の友だちや付き合っている人にも出会えなかったから」と笑顔で現在の心境を話してくれました。

高橋さんは、詩と絵画の創作活動をしています。詩は、以前から書き綴っていて、そのとき、そのときの自分の正直な思いを言葉にしているそうです。一方、絵画は30代半ばで絵画教室に行ったことから、どんどん本格的になっていったそうです。

線維筋痛症を抱えている友人が開いた「絵てがみ展」へ行き、作品からメッセージを発信することの素晴らしさに気づいたといいます。この友人は、個展を通じて、線維筋痛症という病気を1人でも多くの人に知ってほしいとアピールしていました。実際に多くの人が来場し、線維筋痛症という病気を知りました。そして、来場者はそんな激しい痛みを抱えながら描いた作品を見て感動していたそうです。この友人に触発されて、高橋さんは埼玉県蕨(わらび)市で「大切なあなたへ」というテーマを掲げた作品展を開催するようになりました。

高橋さんは「絆をつくろう」という思いで、いま、活動を続けています。これまでに絵画展を2回開催し、OCDお話会や絵画教室など、これまでの活動を通じて出会ったさまざまな病気や障害を抱えた人たちが制作した絵や写真、陶芸などを展示しました。

今年12月に予定されている第3回「大切なあなたへ」では、病弱児や脳梗塞の後遺症のある方などの作品も展示される予定です。OCD以外の人とも一緒に「みんなで負けないで頑張ろう」という思いで展示会の準備を進めているということです。

高橋さんが抱えているOCD、糖尿病、線維筋痛症は、いずれも人にはそのつらさが伝わりにくい病気です。とくに、OCDや線維筋痛症は、まだまだ世間での認知度が少ないといわざるを得ません。病気を知ることで、その病気と闘っている人へのサポートがささやかながらでもできるのかもしれません。高橋さんの活動が、病気と病気を知らない人たちとの橋渡しになっていくのではないかと思います。

第3回「大切なあなたへ」2012年12月7日(金)~9日(日)
スギタホール(JR京浜東北線蕨駅西口徒歩2分、埼玉県蕨市中央1-3-13カフェスギタ2階)

高橋さんのブログ「こたまのブログ」 http://blogs.yahoo.co.jp/kiyomi_kotama


*注釈
*1
1型糖尿病――血液中の糖分をコントロールするインスリンというホルモンの分泌が低下してしまうことによって生じる病気。生活習慣病によってその分泌が低下したものを2型糖尿病というのに対し、1型糖尿病は、それとは発症のしくみが異なり、自分の体内の免疫細胞の異常によって、すい臓の中でインスリンを作るランゲルハンス島という部位のベータ細胞が破壊されてしまうことによって生じる。1型は主に小児に発症するが、その原因はまだよくわかっていない。
*2
神経障害――糖尿病が進行することによって生じる合併症は、主に糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害で、三大合併症といわれる。これらは、体の血管の細い部分を、高い濃度の糖が通ること(高血糖)によって炎症など弊害が生じて発症する。神経障害では、自律神経への障害は、胃腸、発汗、血圧などに現れ、手足などの末梢神経では、痛みやしびれなどが生じる。
*3
網膜症――糖尿病の合併症である糖尿病性網膜症は、目の奥の網膜に張りめぐらされた細い血管への負担が増して生じる。悪化すると失明に至ることもある。
*4
線維筋痛症――全身に激しい痛みが、慢性的(3ヶ月以上)に生じることを中心として、しびれ、こわばり、不眠、疲労感、不安感などさまざまな心身の症状が現れる。血液検査やCTやMRIなどの画像検査では異常がみられない。リウマチ、膠原病、自律神経失調症、更年期障害、などと誤診されることも珍しくない。[2]


*参考文献
[1] 「特集子どものチックとこだわり」こころのりんしょうa・la・carte 2008年Vol.27.no.1星和書店
[2] 戸田克広[著]『線維筋痛症がわかる本』主婦の友社(2010年)